第34回京都メディア懇話会月例研究会(2019年1月24日)

演   題 : 「沖縄を伝えること~島田叡元知事の取材で感じた地域メディアの役割」
日   時 : 2019年1月24日午後6時30分~同8時00分
会   場 : 同志社大学今出川キャンパス「寒梅館」6階大会議室
発 題 者: 津谷 治英氏(神戸新聞文化部デスク・編集委員)
司   会 : 永井るり子氏(本会事務局次長、京都光華女子大学講師)
コメンテーター: 日比野敏陽氏(京都新聞論説委員)

発題者略歴
1964年兵庫県生まれ。県立高校を不登校で中退後、通信制高校に編入、20歳で卒業。海上自衛隊を経て関西大学社会学部卒業。現在、神戸新聞文化部・デスク 編集委員。著作に心理学者の河合隼雄さんはじめ、不登校に取り組む4人の専門家へのインタビューも収録した『不登校だった僕から、君へ 自分探し、進路さがし』(神戸新聞総合出版センター)がある。


[発題概要]
1、島田叡さんの取材をするきっかけ、背景を解説
 私は2011年から太平洋戦争末期に沖縄県知事を勤めた島田叡氏の足跡を取材して  きた。島田氏は兵庫県出身で、沖縄戦では住民の生命保護に尽力したことで知られ、沖縄では島守と呼ばれ、今も慕われている。歴代の兵庫県知事も島田氏をたたえ、その縁で兵庫、沖縄は本土復帰直後から、交流を続けてきた。島田氏の足跡を記録することは、出身地の神戸を拠点とする神戸新聞の大きな使命といえる。そして、私にとっても沖縄戦を深く学ぶ機会になった。

2、記事の反響と読者の沖縄への視線
 記事を掲載することで、地元兵庫の反響は大きかった。例えば、兵庫県たつの市に、地元出身の兵隊で、沖縄で戦死した人の慰霊碑があることが分かった。それを知った嘉数昇明元副知事が、慰霊碑を表敬訪問した。また、今春には島田叡氏をたたえる島守忌俳句大会に兵庫の中学生が参加。彼らは修学旅行で沖縄を訪問する前から、事前学習として沖縄戦の学習に力を入れている。

3、私の意見と、神戸新聞記者としての課題、目標
 私は広島、長崎の原爆、東京、神戸空襲と沖縄戦の歴史は同レベルの悲惨な歴史とみている。だが、広島原爆の日、長崎原爆の日が制定されている現実は、日本人の戦史観が本土に偏りがちだということを物語っている。戦史に順位はないが、少なくとも沖縄戦は同列には扱われていいと考えている。沖縄戦は、大本営の方針で本土防衛の捨て石にされたために唯一の地上戦の戦場となり、また、守ってくれるはずの兵隊に避難壕を追い出されたり、殺されたりした子どももいる。その点を考慮すれば、広島、長崎とは異質な悲惨さを持った戦史といえる。本土で沖縄戦史に対する関心度が低いのは、戦後、沖縄が米国統治下に置かれ、  歴史、交流がそこで切れてしまったことも一因だろう。
 また、もともと沖縄県民は、本土では差別されてきた歴史もある。今、辺野古に新たな米軍基地が作られようとしている。日本人は沖縄に向き合わなければならない時を迎えている。だが、私たちはどれだけ沖縄のことを知っているだろうか。ジャーナリストは選挙結果、基地問題をめぐってはセンセーショナルな視点で見ていないか。その背景にある沖縄の人の気持ちを理解できているだろうか。私は、少しでも沖縄の情報を伝えることがジャーナリストとしての使命と感じている。

ウィンドウを閉じる

inserted by FC2 system