本文へスキップ

 

活動報告report

第23回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年10月)

地域が語り部―平和池水害(ダム決壊)とメディア
発題者:中尾祐蔵氏(地域ジャーナリスト)
コメンテーター:十倉良一氏(京都新聞論説委員)
司 会:新村章氏(元KBS専務取締役)

   

第23回月例会では中尾祐蔵氏(元京都新聞記者・現地域ジャーナリスト)が「地域が語り部−平和池水害(ダム決壊)とメディア」と題し、1951年に起きた平和池水害の記録と伝承の取り組みについて報告した。
 1951年7月11日未明、京都府亀岡地方は記録的豪雨に見舞われ、山中の農業用灌漑ため池「平和池ダム」が決壊し、鉄砲水となったダム湖の水が年谷川流域の集落を直撃した。亀岡地方だけで100人近い住民が犠牲者になり、京都市内を含めた死者総数は114人、負傷者238人、家屋全半壊268戸という戦後復興期の大規模災害であった。最大の被災地となった亀岡市篠町柏原(かせばら:当時は南桑田郡篠村字柏原)は全80戸のうち40戸が流出し、うち子供25人を含む住民75人が犠牲となった。中尾氏本人も被災した。
 中尾氏はこの大規模災害を紹介したのち、新聞やラジオなどの当時のメディア報道についても言及した。決壊の原因追求から大規模災害を人災と捉える報道も一部紙面には登場したものの、京都地検はダムの安全設計を超えた大雨が決壊の原因だと判断を下し、ダム決壊の責任を誰も取ることはなかったという。その後、平和池水害は忘れられていったが、水害発生50年をきっかけに住民の手によって災害記録づくりをしようとする機運が高まり、2002年に水害資料収集・編纂特別委員会が区内に設置され、資料収集と聞き取り調査が始まった。京都新聞丹波版でも中尾氏による「平和池水害54年目の証言−柏原75人の鎮魂歌」が2005年2月から1年間にわたって連載され、2009年3月には平和池水害の記録をまとめた『平和池水害を語り継ぐ-柏原75人の鎮魂歌』が自費出版された。
 中尾氏は、今後も災害について次世代に語り継いでいきたいと話した。2017年の京都府広報課が全戸配布した「府民だより6月号」に掲載されていた「府内の主な災害記録」にすら平和池水害が記載されていなかったが、府や市への働きかけにより9月1日「防災の日」に府南丹広域振興局が2市1町に配布した防災冊子で紹介された府災害記録表には「平和池水害」が記載されたという。最後に、中尾氏は次世代を担う子ども世代を巻き込んだ独自の防災教育を充実させる必要性について語った。
 中尾氏の報告を受けてコメンテーターの十倉良一氏(京都新聞論説委員)はマスメディアの取り組みとして、学者・研究者や行政機関、マスメディア関係者といった組織の垣根を超えた勉強会である「関西なまずの会」の活動や名古屋のマスメディアと研究者による懇話会「NSL (Network for Saving Lives)」、河北新報を事務局とする「みやぎ防災・減災円卓会議」を紹介した。また、十倉氏はマスメディアの現在の課題として、災害勉強会に若手記者をどのように引き込むかといった組織内の問題や、避難アナウンスが地域に届かないなどといった報道の課題について触れた。最後に、十倉氏は防災・減災のために専門家、行政、住民を橋渡しする役割をメディアが積極的に果たすべきだと述べた。
 中尾氏と十倉氏の報告を受けて、会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。参加者からは「全国のローカル紙が連携して、災害の継承報道ができるような体制をつくっていく必要がある」という意見が出された。また、他の参加者は「災害記憶の継承として、メディアには災害の記憶をまちづくりなどに反映させる責任がある」と述べた。さらに他の参加者からは「新聞社の使命とは災害を伝えるだけにとどまるものではない。市民の命を守るということができてこそ、初めて新聞社は新聞社としての責任を果たしたと言える」という意見も出された。活発な議論を通して、災害継承報道の現状と課題が明らかになった。
(まとめ:京都メディア懇話会事務局長・阿部康人)

出席者感想1.
 史料を丹念に掬い上げられ、更に一冊の本(「平和池水害54年目の証言―柏原75人の鎮魂歌」)に編まれた中尾様の執念ともいう凄まじい思いが感じられる御発題だった。
 中尾様の集められた数々の検証から当時の事実が詳らかになっていくプロセスで、ため池とは名ばかりで、農林省の国策上、ため池という名を付けたダムなのだという確信こそが、読み応えのある本に昇華されていった証左だと思う。
 現在、中尾様は地元小学校を巡って、この災害を伝える活動をしておられるが、行政の若い人に向けても、例えば、京都府庁や市役所の新人研修でも、同様の語り部活動を出前講座形式でされたら良いのではと思う。そして行政の研修プログラムに入り込むために、メディアの現役の方がそれを後押しできないだろうか。そうすれば中尾様が憤っておられた様な、今年の府民だよりに平和池災害が欠落していたというゆゆしき事態も改善できよう。
 私は、昨年まで、日本宅とジャカルタ宅を行き来していた。当地インドネシアでは、やはりODAなどが主導し、日本の建設業者がしきりとダム建設を進めているのだが、農業用水・生活用水などの治水がよくなるその一方で、環境破壊や、無理な立ち退きなどから、地域住民の反対運動が起きているのも事実である。故・鶴見俊輔氏の姉、故・鶴見和子女史が唱えた、住民の民意をもってする「内発的発展」と外部からの資本や近代化政策による「外発的発展」という二つの基軸で街づくりを考えるとき、何が何でもダムを造ればよいという安易な外発的発展は、地元民にとって本当に良いのだろうか。責任の所在も含めて、今一度、街づくりの観点からも、ダム建設についてメディアが市民に考える材料を提供するべきだろう。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 大阪空港で飛行機が宝塚方面へ離陸し、通常、宝塚・伊丹上空で左旋回する。そのときに左側に大きな池が見えてくる。「昆陽池」という8世紀前半に行基が築いた当時の農業ため池である。瀬戸内海の東端に位置する、筆者居住の兵庫県は全国のため池約19万箇所のうち、約3万8千箇所と日本一の数を誇る。当然、ため池の保全につき対策等が必要になってくる。
10月の研究会は、中尾祐蔵さんの地元、亀岡市で起こった平和池の水害発生に関する事実検証の取組みのお話であった。過去の災害に関して自治体の災害誌や新聞社の災害記録・報道写真、あるいは研究者の災害研究の報告はよく見かける。しかし、被災した地域の住民自らが、災害の記録を編纂し出版する事例は少ない。本研究会のベースは1951(昭和26)年7月11日に亀岡市篠町柏原(かせばら)で起こった水害である。同日、上流のかんがい用のため池ダム・平和池が梅雨前線による記録的豪雨で決壊、鉄砲水となって柏原地区を襲い、75名が犠牲となった。
水害発生の50年後、被災の記憶の風化が進む中で、住民の間から災害記録づくりをやろうという機運から出てきた。中尾さんは、京都新聞社の現役時代に身に着けた新聞記者という「1.5人称」の立場から、2005年2月に京都新聞丹波版で「平和池水害54年目の証言」の連載を始め、これが新たな証言、資料集めにつながっていった。2009年3月の記録本の出版後もフォローアップとしての地元での災害伝承活動は続いている。
地元住民による災害記録の発信には、被災の経験から裏打ちされた様々な防災・減災の知恵や教訓が織り込まれている。災害のリスク低減をめざすためには、これらの知見を今後の防災計画や事業に「住民協働」というかたちで積極的に活用することが重要であり、そのためにメディアが「媒介」役を担うことが重要となってくる。冒頭の兵庫県の事例では、ハザードマップの作成・公表もはじまり、「予防保全」の観点からの活動もはじまっているが、こういう資料活用もメディアと「公」の緊張関係があるからこそ、生きたものになると考える。
地域に埋もれかけた被災の伝承や災害にまつわる伝承。この活用に当たって地域住民自身がアーカイブして継承していく意義は大きい。中尾さんが進めた地域住民が主体となって編纂する災害記録の集成は今後、重要な資料になると考える。
(森井雅人 大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

出席者感想3.
 『語り継ぐ』ということ―『書き残す』ということ
 かつての仕事仲間、中尾祐蔵さんに会いたくて京都メディア懇話会に出掛けた。久しぶりに見る70代半ばの中尾さんは、私の知る懐かしい風貌に穏やかさを増した現役のジャーナリストだった。
 この日のテーマは「平和池水害を語り継ぐ」というタイトル。正直な話、数十年前の記者時代に「亀岡の水害」と聞いたことはあるが、南山城水害(昭和28年)を取材した先輩の苦労話ほどの関心はなく、実態はまるで知らなかった。まして中尾さんが小学校2年でその水害に遭い、生き残ったことも…。彼の語るその真実に、80歳を過ぎてボケかけた頭はガツンと殴られた。
 約2時間、映像や資料をもとに語られ、質疑応答で明かされた水害の実像―戦後の復興期に灌がい用溜め池として造られたアースダムが完成2年後の1951(昭和26)年7月の豪雨で決壊、下流域の柏原集落を全滅させ、住民75人の命を奪った「カセバラの悲劇」の凄まじさ、さらに事後の責任追及もうやむやに…という現実に驚く。
 行政にまともな記録もなく、地元の子供らさえほとんど知らない。資料の中に「風化」「封印」の文字がある。災害から50年後の今世紀初め、退職前の中尾さんら住民の手で記録づくりが始まった。京都新聞丹波版の連載記事「54年目の証言」などあって、2009(平成21)年春に「平和池水害を語り継ぐ―柏原75人の鎮魂歌」の大冊が地元負担で出版の運びとなった。
 コツコツ資料集めから関係者の聞き取り、とりわけ親や妻子を失い、辛い思いに耐えて生きてきた80代の古老の生の声を収録できたのは貴重だ。いま水害伝承の会を担う中尾さんは言う。まず「知ること、知らせること」の大切さ。大仕事の成果をふまえ、会のメンバーは手分けして地域の小、中学校や、広く防災講演に励んでいる。このところ全国で局地豪雨の災害が相次ぎニュースとなる折、まことに意義ある活動だ。
 そんなとき、京都府が全戸に配る今年の「府民だより6月号」で、府内の主な災害記録に「南山城水害」前の「平和池水害」が欠けていたのはショックだった。地元の小学生が自主的な紙芝居づくりで活動に協力してくれるのに…。命を守る防災の基本は①知ること②備えること③伝えること―と、力説する中尾さんだった。
(古家和雄 京都新聞OB)

第22回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年9月)

大津WEB新報:情報公開制度を駆使した本格的な調査報道
発題者:大井美夏子氏(大津WEB新報発行者)
コメンテーター:小黒純氏(同志社大学社会学部教授)
司 会:永井るり子氏(立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

 

 今回の月例会では、大井美夏子氏(大津WEB新報発行者)が「大津WEB新報:情報公開制度を駆使した本格的な調査報道」と題し、市民による調査報道の現状について報告した。
 大井氏は 2011年に起きた東日本大震災が地方政治に関心を持つきっかけとなったと述べた。氏は当時、山形県で暮らしていて、宮城県からの被災者・避難者の置かれた状況を見て「地域とは何か?」「行政とは何か?」ということを考えるようになったという。大津市内に自宅を購入し、地域の自治会に加入したことを機会に、その自治会の上部組織である「大津市自治連合会」の存在を知った。しかしその活動に矛盾を感じて調査したところ、連合会会長らが会費の不明朗な使い方をしていることを発見した。その事実を大津市関係当局にたいしデータによってしめし、是正と指導などの適切な対応を求めたにもかかわらず、市当局からはまともな対応がなされなかった。大井氏は小黒純氏(当時は龍谷大学、現・同志社大学社会学部教授)に相談をしたところ情報公開制度を利用するようアドバイスを受けた。氏は同制度によって獲得したデータを示したにもかかわらず、市の対応は変わらなかった。しかし、公金がずさんに使われていたことを多くの事例によって突き止め、それらのデータをマスメディアに提供したものの、マスメディアに思うような記事にしてもらえず、小黒氏を「デスク」(取材事項や原稿を掲載前に点検する担当者)として自ら記事を書き、ネットで発信するようになったという。
 続いて大井氏は、市政記者クラブのあり方について言及した。大津市役所では広報課の目の前に記者クラブがあり「広報課が市政記者クラブを飼っている」という印象をもったという。そのことから自分が情報公開制度の利用によって得た情報をマスメディアに提供しても、記者たちは行政から「改善する」というコメントを引き出すだけで終わってしまい、実際に検証して記事を書かない理由が分かったという。最後に、大津WEB新報を続けられる動機として「(調査報道をすることが)面白いから」と語った。 
 大井氏の報告を受けてコメンテーターの小黒純氏は、大津WEB新報のような取り組みでマスメディアに対抗しようとは思っているわけではないと述べたうえで、マスメディアにはこのような取り組みに関心を持ってくれる記者が少ないと指摘した。小黒氏は、大津WEB新報の特徴として、記事の大半がどの資料にどういうデータが出ていたかという「事実」をもとにして書かれたものであり、「証言だけ」による記事がほとんどないと指摘した。大手メディアにとっては大津市による公費流用(自治会関連の不適切な飲食費など)額は比較的小さいためニュースバリューは小さいかもしれないが、市民にとっては金額にかかわらず公金の使われ方は重要なニュースであるはずだとも述べた。また、大井氏とともにWEB新報を続ける動機として、今の世の中でリアクションがなくても、後世に残る仕事がしたいからだと述べた。
 大井氏と小黒氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。ある参加者から出された自治連合会のあり方に対する質問に対して、大井氏は「福祉の勉強をしていなかったら、自治連合会のあり方がおかしいとは思わなかった」と回答した。また、ほかのオーディエンスからは一部の人を除いて大半の人が自治体にかかわりたくないという現状が理解できたとの感想も出た。刺激的な問題提起と活発な議論を通して、大津WEB新報の社会的意義が明らかになった。(まとめ:本会事務局長、阿部康人)

出席者感想1.
 大津市の自治連合会の公金の使われ方に疑問を持ち、手弁当で独自の取材報告を調査報道としてウェブ発信していかれる大井氏の御姿に感心した。自治会などの面倒な活動には普通はあまり関わりたくないと思って、多少の疑問には目をつぶっている市民の多い中、市広報を垂れ流す商業メディアとは違った姿勢で、真向から真実を追求する姿は実に潔い。
 地方創生が叫ばれる昨今、所謂「まちづくり」に必要な人的要素として、「土の人」(生来の土着の人)のほかに、「風の人」(よそから入ってきた人)「光の人」(町に光を当てるメディア関係)、「水の人」(動きのきっかけを作る人)などという言い方がされるが、その町の因習にとらわれることなく、悪いことを悪いと発信できる大井氏は、正によそから入って新風を送り、住民目線で長年の因習の暗部に独自メディアを以て光を当てる「風の人」・「光の人」といえるだろう。
 しかも、誰でもできるウェブ発信という方法に着目したのは目新しい。また、監修の小黒先生のアドバイスによって、並行して出されたウェブ印刷によるA4一枚の紙媒体はネット環境にない市民にも配り続けて欲しい。
 社会福祉士でもある東北人としての大井氏には、又機会を改めて、防災・介護などの面からのウェブ発信の可能性についても御発題頂きたいと思った。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 情報公開制度を利用した調査報道は新聞・テレビなどマスメディアが手掛けてきたものですが、それを一市民がインターネット上で始めたことに、新しい流れを感じます。と同時にマスメディアに関わる者として「うかうかしていられないな」と率直に思いました。
「大津WEB新報」が素晴らしいのは、情報公開で得た文書をネットで示すなど、事実に基づく姿勢を貫いているところです。大津市行政と地域自治会、議員の関係を公開文書で浮かび上らせることで市民に問題を提起しています。身近でありながら不透明な地域行政に光をあてる。こうした市民による報道はもっと出てきていいでしょう。
それは既存マスメディアへの不信と裏腹だと自戒しています。地域社会が抱える問題をすくい切れていないという批判の目を感じます。20年ほど前、行政の「官官接待」を新しい情報公開制度を取り入れて問題にしたオンブズパーソンに、弁護士とともに連携し、情報交換や議論しながら報道したことがあります。「大津WEB新報」で見逃してはいけないのは元記者によるチェックです。市民によるネット報道が影響力を持つようになるほど、これまで以上に責任とリスクが伴ってきます。理解者や協力者、仲間を増やすことで幅広く深い視点ができ、それが報道を強固にします。多面的な事実から真実に近づくことにもなります。「大津WEB新報」の可能性は大きいと思います。
(十倉良一:京都新聞論説委員、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想3.
 2017年9月28日の懇話会では、大津WEB新報の大井美夏子編集長のお話をうかがうことができた。当会では、主流のマスメディアに属する方の話をうかがう機会が多いが、大井さんの話を聞いていると「取材活動に知的な喜びと、怒りというより腹が立つことを知り、知らせたい」ということを強く感じられた。市民とジャーナリズムの等身大のつながりを感じることができた。自治会の問題、琵琶湖清掃の問題と身近なテーマから発した疑問は上へ上へと取材の手を伸ばしていく。行政の怠慢がわかると同時に、「権力監視が責務であるマスメディアの怠慢」も目に付くことになる。これまで「記者クラブ批判」の論説はいろいろあったが、普通の人が官公庁のものを利用する場合に必要な「行政財産使用許可証」を記者クラブは持っていないのではないか、という指摘は慧眼に値する。これも便宜供与の一端であり、普通の人が経るべき手段を得ていないメディアは共感を得られない存在となっていないかと思ってしまう。
 「取材(人と会って話を聞く)をしない、私がするのは情報公開請求がほとんど」と話す大井さんの手法は、足で稼ぐこれまでの取材にとって代わるものではないか。一億総スマホ時代が来て、誰もがカメラを持ち、SNSで情報を発信できる時代となった今、既存のメディアが力を入れるべきは、事実に基づく、丹念な取材である。
「明治時代のジャーナリストのことを知りたい」と大井さんは話したが、昔の記者は「真っ当な社会人とは違う」集まりだったことを卑下と少しのプライドを持った時代がもたらしたものだったのではないだろうか。
(中谷聡:大学教員・京都メディア懇話会事務局次長)

第21回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年7月)

「地方のCATVの現状と課題」~京丹波町ケーブルテレビの取組から~

発題者:西村公貴氏(京丹波町ケーブルテレビ主任)
コメンテーター:畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部准教授)
司会:土田弘氏(元KBS京都放送、元同志社大学嘱託講師)


7月例会では、西村公貴氏(京丹波町ケーブルテレビ主任)が「京丹波町ケーブルテレビ:番組制作の戦略と成果」と題し、京丹波町が運営する公設公営のケーブルテレビである「京丹波町ケーブルテレビ」の現状について報告した。
 町全体が難視聴地域である京丹波町ではケーブルテレビ加入世帯が100パーセント。京丹波町ケーブルテレビでは、ニュース、防災啓発、企画番組などを中心とした「京丹波ウィークリー」、ドキュメンタリーや企業紹介番組、認知症予防啓発ドラマなどを取り扱う「クローズアップ京丹波」に加え、全国の自治体運営放送局定番の「議会中継」といったさまざまな自主番組を制作されてきた。番組制作の取材、撮影、原稿、編集などはときおりサポートがあるとはいえ、ほとんど同氏一人で担当してきたという(同氏の制作した番組は多くの賞を受賞している)。同氏によれば、京丹波町ケーブルテレビでは「ひとりひとりが主役」となる「町民主体の顔が見える番組」を制作するように心がけているという。
 続いて、西村氏は京丹波町と友好町である福島県双葉町の取材体験を話した。氏は震災発生直後から継続して双葉町民を取材し、これまで多くの被災町民の声を京丹波町に届けてきた。京丹波町で双葉町のことを伝え続けるために、番組制作と並行しながら双葉町民と一緒に「ふたばだるまプロジェクト」と題する企画なども行ってきたという。また、西村氏は高齢化率40パーセントに迫る京丹波町が抱える認知症への対応策の一つとして、その予防・啓発ドラマを制作した体験についてもふれ、ドラマ制作を通して町民同士が「助け合える地域づくり」の必要性を訴えた。最後に、西村氏は関西大学社会安全学部と連携して防災番組を制作した体験について話したのち、ケーブルテレビの役割は番組を見て喜ぶ人を増やし、それを通して地域を活性化させることだと述べた。
 西村氏の報告を受けて、コメンテーターの畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部准教授)は、日本のメディア学におけるケーブルテレビ研究について触れ、日本のケーブルテレビの歴史を概説した。その後、畑仲氏は、ジャーナリズム活動の情報到達範囲とそのジャーナリズムとしての質はまったく別の問題だと述べたうえで、ケーブルテレビのもつ社会関係資本(ソーシャルキャピタル)を活性化させる「よき隣人型ジャーナリズム」の側面について解説した。
 西村氏と畑仲氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見が出された。オーディエンスの一人からは、新聞社などに入って記者教育を受けていない西村氏がどのようにして「(双葉町などの)現場に入ろうという発想」を身につけることができたのかという質問が出された。西村氏はこの質問に対して、かつて自身が個人でドキュメンタリー制作に打ち込んでいたことに触れながら、双葉町を応援しなければならないという自分の気持ちや、住民の期待に応えて番組制作を行うことで住民に喜んでもらえたことなどについて話した。また、他のオーディエンスからは、同ケーブルテレビで西村氏の番組制作を受け継いで行く人材がいるのかという質問が出された。これに対して西村氏は、役場の職員だけでは継続が厳しいので、地域の人や学生インターンと連携してネットワークをつくっていくと述べた。活発な議論を通して、難視聴地域のケーブルテレビの意義およびその課題が明らかになった。
(まとめ:本会事務局長 阿部康人)

感想、その1
 京丹波町という小さな自治体で、公営とはいいながら、ケーブルテレビ局の実務をほとんどひとりで行い、発展させることがいかに大変かがよく理解できました。私が会社勤めをした松下電器(現パナソニック)では、経営の神様と言われた松下幸之助は、「企業は社会の公器。企業の社会的使命と責任は、地域・地球・環境との調和、共存共栄、人を育てる、適正利潤を上げること」といった創業の経営理念を柱として、事業の維持発展を進めました。翻って西村氏が奮闘されるケーブルテレビ局は、視聴者から月額2千円を徴収することによって取材・制作・放送業務のかなりの部分をまかなっている由。それが可能になっているのは氏が地域の人々と日常生活での「絆」を創造し維持されているためであることがよく分かりました。そしてまた、人々に密着した涙ぐましい番組作りと、そのニーズの目の付け所に、大きな魅力の出所があるのが理解できました。曰く「町全体のひとりひとりが主役」だと。
映像は人の懐に直接入ってきます。喜びや感動も直接的にもたらすことができます。そこには人の心が関わってきます。もちろん製造販売事業においても違った形で、人の心が存在します。人が人に物を売る、サービスを提供し満足感を与える、その行為の中に人の心が関わります。その意味で、人の営みにはどちらも必要だと思います。京丹波町営テレビ局は決して財政的に豊かでないのでしょうが人の心に感動を届け続けておられる、それが受信者との「絆」になっていることに感動しました。(大江正彦:元松下電器、久光製薬アメリカ勤務)

感想、その2
 発題者の西村公貴氏は北海道での大学生活の後、生まれ故郷・京丹波町にUターンされ、公務員として町営CATVでの仕事を通してまちづくりに熱く情熱を注ぎこんでおられる。3.11複合震災後、京丹波の姉妹町である福島県双葉町に線量計を持って自ら入り、番組制作に活かされるという冷静な化学者の目と実行力を併せ持っておられる。双葉町の惨状を冷静に京丹波町民にも伝えたいというコンテンツ作りへの溢れる思いが披露された映像からも伝わってきた。
 今回は、地域メディアとしてのCATVのお話だったが、一方で、「地方自治」という視点に立ってのお話も伺いたいと思った。「住民参加」が基本の地方自治において、たとえば将来的に、住民投票などの必要が生じた時、100%加入の地域CATVは、その伝達ツールとなり得るのだろうか。もちろん、普通選挙に使うのは選管規定や主義・思想の問題で、引っかかることもあろうが、住民投票や住民監査請求などには、各家庭で遊んでいるリモコンチャンネルの4色ボタンなどを双方向で使う可能性もCATVにはあるかもしれない。
 現在でも、西村さんは孤軍奮闘しておられる状態だが、新たなる公共空間の創設という地域CATVの可能性をこれからももっと広げていかれることを期待したい。(永井るり子:立命館大学社会人学生)

第20回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年6月)

「京都観光」報道の切り口

発題者:高田敏司(たかだ としじ)(京都新聞社政治経済担当部長)
司会:新村章(元京都放送専務取締役、京都メディア懇話会副会長)
コメンテーター:十倉良一(京都新聞論説委員、京都メディア懇話会事務局次長)

開催日:20017年6月22日(木)18:30〰20:00
会場:同志社大学今出川キャンパス寒梅館6階大会議室

今月の例会では、高田敏司氏(京都新聞社政治経済担当部長)が「『京都観光』報道の切り口」と題し、自紙による京都観光報道の現状について報告した。
 かつて京都新聞は紙面の中に「文化観光面」をつくったものの、昨年廃止した。そのスタンスは基本的には「京都観光を盛り上げよう」という趣旨だった。それも大事ではあるが、観光をめぐり、さまざまな問題が顕在する中で、京都観光を「生活者」の視点からあらためて掘り下げようと、政治経済担当部で4月に「暮らしと京都観光」という連載を始めた。
 続いて、高田氏はこの4月から始まった「暮らしと京都観光」という連載について解説した。同氏によれば、観光消費額は増加したものの、市内で観光業を営む中小企業の収入が増えていないことから、市の税収はあまり増えていない。また「京都観光」と呼ばれるものの実態は「京都市観光」であり、観光消費額をみれば府内では京都市の「一人勝ち」状態だという。最後に高田氏は京都市などが作っている「日本に京都があってよかった」というポスターに触れて、対外向けのアピールとしてはいいのかもしれないが、市民向けにまで「精神論として押しつけていないか」と指摘しつつ、「このような京都中心主義、京都ファーストの考え方は、必ずしも京都市民ファーストにはなっていない」と述べた。
 高田氏の報告を受けて、コメンテーターの十倉良一氏は 京都観光が地元に利益をもたらすことの必要性を強調した。加えて、同氏は「障がい者の観光する権利」を守るためにも、京都のバリアフリー度の向上についても真剣に議論をする必要があると述べた。最後に、報道機関は持続可能性のある観光のあり方を念頭に報道をしていかなければならないと述べた。
 高田氏と十倉氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見が出された。オーディエンスの一人は、海外の事例を挙げつつ、 案内役のシニアボランティアの登用など、観光促進と老齢者の生きがい促進を含めてトータルな社会的資源として活用すべきだと述べた。加えて、京都新聞と京都放送が手を携えて京都観光を盛り上げるべきだと指摘もなされた。また、他のオーディエンスからは、京都新聞は観光者数の増減に注目しがちな京都市の施政に対して批判的であるべきだという意見も出た。これに対して、高田氏は京都新聞には観光における経済効果以外の価値を提示する必要性があると述べた。活発な議論を通して、京都新聞による観光報道に関し多角的な視点からの課題が明らかになった。
 まとめ:阿部康人(本会事務局長)

出席者感想、その1
 発題を聴いて、変容する観光マインド、観光のこれからとその使命について考えさせられた。観光業界をとりまく内部環境の変化についてはある程度予測できるが、外部環境の変化については他の業界と同様、その予測は簡単ではない。グローバル化に伴う業態の変化、とくに最近の観光業界を取り巻く諸条件の変化は目まぐるしく、観光目的や嗜好の経時的変化(例:集団から個人、モノから文化重視へ・・・等)にも大きな影響をもたらすことになる。このような条件下では不確実性の要素が大きく、事態の推移予測やコントロールが困難になる。経済効果のみならず観光マインド自身の立ち位置も大きく変容せざるをえなくなっており、外部環境の変化に合わせた多様性(Diversity)のある対応とそうした対応の持続可能性(Sustainability)が観光分野でも不可欠だ。従来のような過去のデータだけに基づいた既成概念にとらわれず、未来を見透した有効かつ関係住民へのプラスが保障され、かつ「グローバル化」の中の日本社会」と日本人の暮らしにプラスになるという「観光マインド」養成が急務であると感じた。
その実効化のためには、それぞれが置かれている社会的場面でそれぞれの役割を担える人達が垣根を超えて助け合い、相互に学び合える場を行政、メディア、市民の相互協力によって新たな地平として切り開いていくしかないと改めて思うことになった。その仕組みを「見える化」し、周知させるのがメディアに対し私が望むことである。そうした希望を失わないかぎり、文化マインドを失うことなく、よりパワフルで、分かりやすい観光マインドの構築が可能になるであろう。(倉田建作、元化学メーカー会社員、韓国向け輸出担当25年) 

出席者感想、その2
発題者の話だけではなく、自身が京都新聞に連載された「暮らしと京都観光~にぎわいの陰で」(連載 ①-⑤および本年6/10 付け「民泊新法成立と宿泊税導入」の記事等を帰宅してから併せ読ませていただき、理解が深まりました。
私自身、海外旅行が好きでよく行きますが、各国の入国規制緩和や日本発着 格安航空会社(LCC)の躍進でここ数年の外国、とくに東アジア、東南アジア方面からの訪日客が増え、世界に冠たる観光スポット「京都」にやって来る人たちが急増している。それに伴いどの産業にも大なり小なりある 「光(経済効果)と影(観光公害)」がより鮮烈に自治体としての京都市と京都府、そしてその住民を直撃している実態もよく理解できた。
発題から、①ホテルや飲食店でも、外国や東京、大阪の大手資本が利益を吸い上げる構造が完成しつつあり、地元の零細小資本業者はあまり潤っていない。② 市バスを利用する外国人客が急増して満員になり市民が利用しづらくなっている。③自治体京都市の税収は訪日客効果によるものは全体の一割程度でそれほど増えていない。つまり、急増する海外からの観光客への対応だけに追われている半面、それらが自治体の財政と市民生活の豊かさに貢献していない。
観光客の数量的増加に伴う宿泊施設(民泊等の整備)、洋式公衆トイレや交通システム(大型バス乗り入れ規制やスイスのバーゼルなどがやっている市内無料市電ティケットの配布など)、人の流れの有効的活用が適切にできていない・・・また自治体、日本政府による広報、各種メディアの取り上げ方にも問題がなきにしもあらずで、結果として一部有名社寺などに人の流れが偏り、観光産業の受益者にも不公平感の存在が深刻であることが浮き彫りにされ、参考になった。(寺森義信、元製造業海外事業部)

第19回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年5月)

非被災地にある地方紙における震災報道

発題者:仲屋聡(京都新聞報道部)
コメンテーター:大西祐資(京都新聞南部支社長)
司会:十倉良一(京都新聞シニア論説委員)

開催日:2017年5月25日(木)18:30~20:00
会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

   


第19回京都メディア懇話会月例会では、仲屋聡氏(京都新聞報道部)が「地方紙における災害報道」と題し、京都新聞の3.11震災(東日本大震災、地震/津波/原発事故等)報道のあり方について報告した。

 仲屋氏は、京都新聞の読者にこの大震災への関心を持ってもらえるよう、その後も毎年の定期的報道だけではなく、京滋にゆかりのある被災者の方々を中心に取材、報道していると述べた。労働組合の繋がりを生かして、岩手日報などの協力によって東北で生活を営む京滋にゆかりのある関係者を取材できたこともあったという。氏は、身内を亡くした方々の心に寄り添って記事を書くことの困難さについても語った。加えて、京滋へ避難し生活する人たちに対する京都新聞の報道についても紹介した。アンケート調査の結果から、避難者の中には帰郷を諦めた人が増えていることもわかった、さらには全733人のうち50人にアンケート調査をおこなったものの、来年以降はどれだけ調査表が集められるかわからないとも述べた。氏は最後に、南海トラフ地震が必ず発生することを念頭におきつつ、今後も京都大学防災研究所の知見なども取り入れながら読者の防災意識を喚起していく必要があると述べた。今後は記事を読んだ読者に被災地に足を向けてもらえるような工夫も取り入れることが重要だという。

 仲屋氏の報告を受けて、コメンテーターの大西祐資氏(京都新聞南部支社長)は、京都新聞などの地方紙にも当然あてはまるが、それぞれのメディアには「それぞれ独自の役割がある」と前置きしたうえで、記者にとって震災直後には被災地である現場に行くことも重要であったが、「現場」取材から漏れるような生活情報を記録として残して後世に伝えることも同じく重要だと指摘した。大西氏によれば、メディアは一般的に「長く災害と向き合うのが苦手」であるものの、今回の3.11を伝えていくために河北新報が全国の地方紙と協力して展開しているワークショップ「結び塾」などの取り組みなどが参考になるという。続いて、2016年の熊本地震を取材した山田修裕記者(京都新聞編集局)が、京都新聞の読者を念頭に現地取材をおこなった旨を報告した。

 仲屋氏と大西氏、山田氏の報告を受けて会場オーディエンスからもさまざまな意見が出された。その一人は、3.11報道を読んだだけでは現場の状態がわかりにくいと指摘したのち、読者が被災地に直接行くような「きっかけづくり」を京都新聞は紙面でさらに積極的におこなっていくべきだと述べた。また、ほかのオーディエンスからは日本語が理解できない人たちにも防災意識を喚起する工夫がメディアには求められるという意見が出た。さらには、さまざまな市民から防災関連情報をさらに積極的に収集するために、記者はもっとSNSなどを活用すべきだという意見など、活発な議論が展開され、京都新聞が3.11などの災害を読者に伝え続けることの意義およびその課題が明らかになった。
まとめ:本会事務局長、阿部康人



参加者の感想
 今回の月例研究会では、東日本大震災から6年が経過した今、被災地ではない京都で、読者にいかに関心をもってもらうか、どのようにしたら震災報道を続けることが出来るのか。その困難に立ち向かうための苦労や工夫を知ることができました。
 発災から年月が経過するなか、「昔」と「今」、そして「これから」という時間軸の中で、災害についての京都の歴史、とくに地震についての考古学や歴史学上の発見などを絡ませながら、京都になじみの深い事柄や言葉に置き換えた形で、その伝え方の工夫をすることなど、多くの解決策を知るが出来ました。しかし、それは逆に考えると、被災地ではないところでは、このような工夫がなければ東日本大震災のことを伝え続けることがどれだけ難しいかということの証左ではなかったかということでもあります。
 私自身、今次の被災地で取材を続ける中で、現地の方の生の声を聞きます。震災から6年たった今も、避難生活を続けておられる方が多くあり、「被災地のことを忘れないでほしい」との願いが伝わってきます。
 しかしながらその声は、被災地から遠く離れたところまでは届きにくいというのが現実です。今回の例会で何度も耳にした「寄り添う」という言葉。被災地域に入り込んで、地域の皆さんの声に「寄り添いながら、何を伝えるか」。私自身にも言えることですが、その言葉の重みを、強く受け止めることが出来ました。ありがとうございました。
 西村公貴(京都府船井郡京丹波町役場情報センター)

第18回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年4月)

「トランプ大統領の『FAKE(作為情報)』連発とマスメディアの対応責任
発題者:渡辺武達(同志社大学名誉教授、当会会長)
司会:永井るり子(本会事務局、立命館大学社会人学生)
コメンテーター:齊藤修(京都新聞ホールディングス顧問)

開催日:2017年4月27日(木)18:30~20:00
会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

 2017年度年次総会の後に行われた第18回京都メディア懇話会月例会では、渡辺武達氏(本会会長、同志社大学名誉教授)が「トランプ大統領の『FAKE(作為情報)』連発とマスメディアの対応責任」と題し、トランプ米大統領誕生以降の世界の現況およびメディアのあり方、報道責任について解説した。
 渡辺氏は、米国大統領選挙でトランプ大統領が支持された要因の一つとして、生活に精一杯で大所高所から「説教」しがちな新聞やテレビを信頼できない貧困層の増大を挙げた。米国だけでなく世界的に貧富の差が拡大する中で、マスメディアは社会でどのような役割を果たすことができるのであろうか。渡辺氏はマスメディアが重要な事実を伝えきれておらず、結果としてその社会的責任を果たせていないと強調した。一例として、氏は日本のマスメディアが安倍政権による情報操作(巧妙なメディア政治)に対しても本質を衝いた効果的な対応ができていないことを挙げた。
 加えて、渡辺氏は「トランプ流真実」への対処方法として、事実(出来事)と真実(社会的位置づけ)は異なるものであることを理解したうえで、一般的な意味での真実とトランプ大統領にとっての「真実」は全くの別物であるという点を把握する必要があると述べた。トランプ大統領にとっての「真実」は「『自分が儲けたビジネス』と『その時の経験知』」だけに由来するものであるという。同時に、渡辺氏は「すべての政府はウソをつく」という視点から、マスメディアは健全な民主制の妨げとなっている「社会病理」の医者になるべきだと強調した。最後に、渡辺氏は社会を構成する多数の人びとが社会的倫理規範を常識として考え、行動するようになるためにも、メディアの責任とジャーナリストを社会に送り出す大学の責任が問われていると述べた。
 発題を受けてコメンテーターの齋藤修氏(京都メディア懇話会理事長)は、米国大統領選挙ではマスメディアが健全な読者を育ててこなかったことが明らかになったと指摘した。加えて、「怪物」としてのインターネットの誕生により、読者はマスメディアに出ていないような情報に無料でアクセスできるような情報環境が生まれた結果、日本でも読者とメディアの信頼関係が揺らいでいると述べた。今後、マスメディアは読者の信頼を取り戻すために事実や真実の前にいっそう謙虚になる姿勢が求められるという。最後に齋藤氏は、大学とメディア、市民が今後一体となって社会的利益の充実のために協力していかなければならないと述べた。
 渡辺氏と齋藤氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問が出された。ある参加者による「トランプ大統領の女性問題が選挙後に取り上げられなくなった理由は」との問いに対して、渡辺氏は「①トランプ大統領の支持者はセクハラ疑惑が大統領の資質と直接関係しているほど悪いことだとは思っているわけではない②ヒラリー・クリントン陣営にも「夫・ビルの性的不適切行動」があり、セクハラ問題を争点にしにくい事情があった」と述べた。また、「トランプ氏個人に好感の持てる面があるときには、それについてメディアは報じるべきではないのか」という学生の問いに対して、渡辺氏は「メディアは『(特定の人たちのためだけではなく社会全体にとって)政治家としてどうなのか』という視点から、大統領について論じる必要がある」と述べた。活発な議論を通して、メディアの政治報道のあり方における課題が明らかになった。
まとめ:阿部康人(京都メディア懇話会事務局長、同志社大学社会学部助教)

感想、その1
 今回の渡辺先生による発題は、来春からテレビ業界で働く私にとって大変興味深く、考えさせられる内容であった。特に、私が関心を抱いたのは、①事実と真実 ②国民の課題 ③メディアの役割についてである。
発題者によれば、物事の事実は多くあるが、「真実」は「事実」の数より少なく、ときには当事者の都合のいいものでもあるらしい。たとえば、ドナルド・トランプは自分に都合の悪い情報は「FAKE!」だと主張し、彼にとっての「真実」をSNSで発信する。それを彼のコアな支持者は簡単に信用してしまう。その背景のひとつには、国民の多くに情報の真偽を判断する知識=正当な判断力が欠如していることがあげられる。会場では、メディアと教育現場が密に協力していくべきだという意見が出たが、まさにその通りだと思う。なぜなら、情報の取捨選択の方法や必要性を学ぶことが、情報を見定める上できわめて重要だからである。
 また、アメリカでのメディアに対する信頼の希薄化についても話題にされたが、これは日本でも指摘される重要な問題である。最近、新聞やテレビよりも、ネットの情報を好む人が多くなってきている。確かに、自分の知りたい情報がいつでもどこでも、とりあえずは得られるネットの手軽さは便利この上ない。しかしながら、偏った内容や、責任が問われない匿名の提供情報を鵜呑みにしてしまうことがもたらす潜在的危険性には計り知れないものがある。
 だからこそ、これからの私は、自分の眼と足と肌感覚で得た、国民が知るべき情報の発信を心がけ、「あなたの情報だから信用できる」と言われるような発信者になりたい。改めてそう決心させられた有意義な時間であった。
 (同志社大学法学部政治学科 長岡里沙)

感想、その2
 渡辺さんとは同志社大学の同期生だが、彼は大学院生時代から日本卓球協会の国際委員として後藤鉀二会長の通訳兼秘書として世界を飛び回り、多くの国際会議を経験、「学者」離れした学者である。特に 「ピンポン外交」を通しての中国の国際社会復帰にあたり、ニクソン米大統領やキッシンジャー補佐官の表のスターではなく、アメリカと中国の国交正常化交渉と日本の国内世論の支持をスポーツを通したという自負がある。
 もちろん当時は、日本と中国本土(Main Land China)とは国交がなく、大陸中国に行くには「中国渡航だけに通用する特別旅券」を外務省からもらう必要があった。当時の佐藤栄作(現安倍晋三総理の祖父・岸信介の弟)政権は台湾をRepublic of China として唯一の中国として承認、人民中国をアメリカに追従し、敵視していた時代。冷戦時代に取得した筆者のパスポート(1971年3月25日発行)には「このPassportはNorth Korea, Mainland China, North Vietnam, East Germany 以外の全ての国に有効」と明記されている。
 Fake News とトランプ大統領がいうアメリカの既成メデイアにも日本の大手メディアにも、主として政府の公式情報に依拠したFake Newsの面があったと渡辺さんは考えている。実際にNew York Times 東京支局長、マーテイン・ファクラーが指摘するように、今も日本の新聞には政府発表に依拠した報道が多い(『本当の事を伝えない日本の新聞』双葉新書、2012)。一方、渡辺さんは欧米を知るだけはなく、東側世界や中東・アラブ、インド洋セイシェル共和国のような小国からの視点をも持っており、News とは文字通り、物事を「North北、East東, West西, South 南」から見て報じる必要があるものだと教えてくれた発題であった。
(元貿易商社勤務 寺森義信)

感想、その3
 最初に、トランプ米国大統領が選挙戦中に掲げた公約が本当に行われているのか?メディアはトランプ政治を社会的に正確に位置づけた報道をしているかという問題がトランプ氏の「FAKEメディア」批判に焦点を当てながら分析された。発題者は国際的にも活躍されており、メディア学科生である私にとって興味深いものであった。とりわけ、トランプ氏がメディアによる自分の希望する脈絡以外でのいかなる情報もメディアによる「FAKE」(作為的情報送出)攻撃だとして反論しているとの指摘が印象に残った。私自身、トランプ氏がある報道機関を名指しで批判している映像を見たことがあり、私にとってこの指摘は点と点が繋がり線となった感じで非常に納得した。
 一方で、メディアと政治家、そして市民という三者の在り方について改めて考えさせられることになった。今のトランプ氏とメディアとの関係であれば、十分な知識やメディアリテラシーを有していない市民はどちらが「FAKE」なのか理解がむずかしい。この状況は情報化社会の危機であると私は感じる。
 今後も、トランプ氏の「FAKE」そして、メディアの在り方について深く考察していきたいと強く思った。この気持ちを今後の自分自身の勉強の中でも忘れないでおきたい。
(同志社大学社会学部メディア学科 横田侑也)

感想、その4
 今回の研究会に参加するまではFAKE(デタラメ)発言で世間を騒がしているトランプ氏が選挙でなぜあれほど支持されたのか不思議で仕方なかった。しかし、支持者はメディアを信用しない、「FAKE」を「FAKE」だと考えない人たちだと知り、今回、改めてネット社会の根本的問題に気づかされ、メディアリテラシー教育の大切さを感じた。日本では現在、若者のテレビ、新聞離れが問題となっているが、私自身も最近それを感じることが多い。
 私はメディア学科で学んでいることもあり、新聞に接し、読む機会は比較的多かった。しかし、他学部では就職活動を始めてから新聞を読み始める人がほとんどだ。私は若者の多くが新聞だけではなく、テレビを含む伝統的メディアから離れだした原因には2つあると思う。1つは「新聞」には大人が読むものという硬いイメージがあること。2つ目は「世の中の経済状況が悪い」と実感しにくいことが大きな観点から私たちに政治と社会の問題に関心を持たせないようにしているのはないかということ。
 新聞を代表とするメディアのなんだか「よそよそしい」イメージを払拭するにはメディア企業は大学などと提携し、たとえば「新聞活用セミナー」などを開き、学生をもっと惹きつける努力をするなど、読者に確かな情報の大切さを自覚させる「きっかけを作る」ことなどから始めて欲しい。そうすれば、プロが集めた新聞提供情報の社会的重要性がプラス面から理解出来るようになると思う。
(同志社大学社会学部メディア学科 梶木唯菜)

第17回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年2月)

「京都市日本語指導ボランティアから見た『移民』の子どもたち」
発題者:中堂規久子氏(地域日本語教育指導員・京都市日本語指導ボランティア)
司会:齊藤修(京都新聞ホールディングス顧問)
コメンテーター:渡辺武達(同志社大学名誉教授、当会会長)


 今月例会では、中堂規久子氏(地域日本語教育指導員・京都市日本語指導ボランティア)が「京都市日本語指導ボランティアから見た『移民』の子どもたち」と題し、自身のボランティア体験をもとに、共生社会の実現のために地域メディアが果たすべき役割について問題提起を行なった。
 中堂氏は、日本に移住してきた外国人及びその子供たちが学校や地域社会で直面している問題について自分の体験を基に解説した。日本に移住した外国人の保護者は日本語で書かれた学校からの手紙の内容を理解できないなどといった様々な事情を抱えているにもかかわらず、日本の学校/自治体等からの配慮はほとんどなされていないという。また、中堂氏はメディアについても、グローバル社会について 日常的に声高く語っているものの、地域で様々なバックグランドを持つ人々が共に暮らしていけるような社会を実現するための報道が十分になされていないと指摘した。最後に中堂氏は京都には大学教員などが多いことから外国人の子息が多くいるにもかかわらず、外国人小学生に対する日本語教育が十分でないことに加え、逆に日本語指導ボランティアの数も減少していると述べた。
 中堂氏の報告を受けて、コメンテーターの渡辺武達氏(京都メディア懇話会会長・同志社大学名誉教授)は、日本は「研修に名を借りて外国人労働者を低賃金で雇い」ながら、法律的保護を受ける「移民」や「難民」をほとんど受け入れていない現状を説明したのち、今回指摘の問題はそれらの矛盾解消に献身する日本人ボランティアを社会的にケアできていないことにもあると述べた。
 これらの発言を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の「メディアが(『移民』の置かれた状況を)取り上げなければ、自分たちでメディアを作れば良いのでは」という問いに対して、中堂氏は在日インドネシア人コミュニティーによるメディアを紹介した。活発な議論を通して「見なければならないものを見る」(齋藤修京都メディア懇話会理事長)というメディア関係者に求められる「現実の問題に向き合う」姿勢が明らかになった。
 阿部康人(京都メディア懇話会事務局長、同志社大学社会学部助教)

感想1..
 発題者による外国人「労働者/移民」子弟に対する日本語教育から高校進学の世話までの地道な活動には頭が下がる。しかし何処の組織でも同様に、常に経済・資金面や人材面の問題がついて回り、ボランティアの情熱だけではどうにもならないという無力感を抱いておられることには心が痛む。私も患者会の活動をやってみて、やる気はあっても資金面がついてこなかったり、全ての会員を救えるものではなく、必ずドロップアウトする人も出てきたり・・・というジレンマも組織上の悩みである。
 残念ながら、さほどセンセーショナルな話題でもない「移民」子弟の言葉・習慣の壁やそれらに起因する学力低下の問題は、テレビのプライムタイムに取り上げられる話題とは言い難く、指摘されたようにマスコミ全体の問題点であろう。また当該問題は、これらのマスコミの無関心に加え、「自治体の国際化」という面からも再考すべきで、自治体が音楽やスポーツによる小中学生の国際姉妹都市間交流などのきれいごとだけを目玉にするのではなく、真の意味での多文化共生社会に向けた予算注入をすべきだろう。
 神戸在住の時に、近所の中華料理店の子が通うカナディアンアカデミーは地域に公開される「外人子供歌舞伎」で有名なインターナショナルスクールだったが、こうした地域への融合策を講じるのも自治体・学校の役割だと思うし、その広報こそがマスコミの役割だろう。
 永井るり子(本会会員、立命館大学社会人学生)

感想2.
 「親の事情で日本へ来る児童の学習言語が覚束ない。彼ら彼女らへの手厚いケアこそが共生社会への喫緊の課題である」。京都市内の小中学校で日本語指導ボランテイアとして活躍されている発題者からの問題提起は、国際教育現場に身を置く自分に心底から共感できるものであった。しかも、それらの解決の現場の多くがボランティアにその負担になっている。
 行政が消極的な対応しか出来ない理由としては、①多言語に対応できる専任教員を雇用する「費用的な問題」、②学校現場が学習障害や不登校といった他にもケアが必要な生徒の対応に手一杯であるという「現場の困難」、そして義務教育終了後の進学時に発生する「中高接続問題」により、外国籍の子女は受け皿を失うケースが多いということも報告された。思春期のアイデンティティ危機を迎えた子どもたちは、家庭環境の複雑さ、経済的な困難さも相まって、反社会的な方向へ向かうこともしばしばで、それらが複合的に入り交じり共生社会の実現を阻んでいる。
 筆者の勤めているインターナショナルハイスクール(大阪市天王寺)は各種学校ではなく、専修学校高等課程という全日制学校で、文部科学省から大学入学資格付与権を与えられている。「ウチのようなニッチな存在の学校が受け皿になることが出来れば良いのだが・・・」とも感じたが、実現は難しいと思われる。なぜならば本校在籍生徒の大半は日本の中学卒業直後の日本人生徒であり、入学の条件として「小学校卒業時程度の漢字の読み書き」を課しているからだ。今までにも「日本語指導コース」の新設が検討されたこともあるが、先述の2つの理由で実現の見通しは立たない。とどのつまり、予算不足の問題になるのだが、現状放置を続ければ、今後、日本の教育行政の二重性がますます問われるようになるであろう。
 松尾祐樹(本会会員、関西インターナショナルハイスクール教務主事)

第16回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年1月)

「いま、新聞が問われていること——全国紙の地方支局で考える」
・発題者:八百板一平(やおいたいっぺい、朝日新聞草津支局長)
・コメンテーター:澤田亮英(京都新聞報道部)

 第16回京都メディア懇話会月例会では、八百板一平氏(朝日新聞草津市局長)が「いま、新聞が問われていること―全国紙の地方支局で考える」と題して、自身の取材体験をもとに 全国紙に取材される機会の少ない地域およびテーマに関する記事を書く意義について述べた。
 氏によれば、米軍岩国基地(山口県岩国市)から約六キロの瀬戸内海上にある阿多田島(広島県大竹市)における軍用機による騒音被害を取材した際に、 全国紙の新聞取材網から漏れがちな地域を取材することの重要性を認識したという。朝日新聞は全国紙とはいえ新聞取材網が網の目のように全国に張り巡らされているわけではない。たとえば、九州本社と大阪本社の管轄範囲「境界」にある地域では重要な出来事が起きていても取材ができず、記事にされないこともあると述べた。
 続いて、八百板氏は大津総局で戦争体験者を取材した経験から、さまざまな戦争体験を新聞記事として残すことの意義について述べた。 亡くなった人が少ない戦時中の出来事は歴史の中に埋もれてしまう傾向が強いことから、新聞には「戦争」を直接体験していない人々の戦時中の記録を残すことの意義がある。加えて、全国紙が過疎地域のニュースを掲載することの意義についても、全国紙が過疎地のもつ共通の課題や多面的な可能性について報じることの重要性も指摘した。
 最後に、「いま、新聞ジャーナリズムに求められていること」として、ネットがこれだけ普及し誰もが情報発信できる時代だからこそ新聞記事のような、長年培ってきた社会的重要度の基準によって編集された情報の提供という役割も重要だし、今後は編集者だけではなく記者自身も記事のレイアウトなどといったふだん読者が考えない編集現場の様子なども読者に説明できるようにならなければならないと指摘。そして、記者が現在起きている出来事を歴史的文脈で捉えることの重要性や、記者が一見「退屈」だが「重要な」出来事を面白く読んでもらえる工夫をすることの必要性を強調した。
 八百板氏の報告を受けて澤田亮英氏(京都新聞編集局報道部)は、地域紙の記者であっても地域の集落などに入り込んでじっくりと取材をするのは簡単ではない。記者は自身の読者および取材先の方々にも「(記事を読むことで)何かに気づいてもらえる」ような記事を書くことが重要だと強調した。
 その後の参加者からの質問・コメント時間には、(ほかのメディアでは難しい)新聞のノンフィクション風の解説記事の特性に関する質問が出された。八百板氏は新聞には日付があるため、「8月ジャーナリズム」(戦争関連記事)などと言われることがあるものの、日付にニュースを絡めて「確信犯的」にノンフィクション仕立ての記事も掲載できるのが新聞の強みだとも述べた。その他、全国紙記者としての八百板氏の取材先に対する立ち位置に関する質問が出たが、氏は地域の単なる傍観者でいるのではなく「地域の視点から全国紙で記事を書けば、掲載面によっては全国で読んでもらえる・・・」ことに全国紙記者としての仕事の意義を感じていると述べた。活発な議論を通して全国紙の地域報道のあり方におけるさまざまな可能性と課題を明らかにする月例会となった。
 阿部康人(京都メディア懇話会事務局長)

感想1.
仕事上、これまで出会ってきた全国紙の記者の大半は、京都や滋賀の支局に勤務していた人たちである。社会面に載るようなインパクトのある話題以外には関心が低い記者が多い中で、八百板さんの姿勢は異質である。上から目線もその場しのぎの軽さもなく、地域に向けるまなざしが温かい。
米軍基地や戦争、人口減少という問題を地方の視点でどう考えるかを提示された報告は、京滋の行政や政治を取材している私にとって貴重な助言となった。ただ、八百板さんも私も、読者数の違いを横に置けば、地味な問題をまじめに考え、丁寧に書いてもどこまで伝わるのかと常に葛藤しているのだと、勝手に共感した。
事実の歪曲や過度な演出なしに、いかに「面白く」報じるか。日々探ってもなかなか確信がつかめないが、探ることをやめれば新聞を手にする人はさらに減るだろう。そんな思いを新たにした。
 澤田亮英(京都新聞報道部)

感想2.
京都メディア懇話会に参加し早くも2年以上が過ぎたことに改めて驚きを覚える。飽きっぽい私としてはよく続いている。その訳を考え、近年失われつつある「奥行き」に気付いた。この会で発題者から語られる内容は、自分の知識で咀嚼するには荷が勝ちすぎるものもありはするが、向学心を触発されるものが多い。発題者の話に時間を忘れるもの、発題の後の質問や意見交換に惹きつけられるものなど様々だ。間違いなく、今日失われつつある「参加者が思いを語る楽しみ」の精神が脈々と受け継がれている。
 今回は、望んで支局勤務を続けられる朝日新聞記者八百板さんが、ご自分の取材姿勢を丁寧に語られた。私はその記事から市井の民の人生を感じた。人に寄り添い、伝統に足跡を見出し、現在的に掘り起こす。そこには間違いなく学びがある。書き物には人柄が現れると私は信じている。幾ら他人の手が加わっても底流に流れる思想まで変えることは出来ないからだ。
 投稿の採用を巡り、私は朝日新聞社から「クレーマ-」とされているようだ。一時は感情的になり腹立たしさに購読を中止したが、こうした若い記者さんたちや困難な宅配に就かれている販売所のひとたちを思い遣ると、報道や言論の自由の有難さが身に染みる。
 大谷重信(本会会員)

感想3.
 全国紙に取材される機会の少ない地域に目を向ける八百板さんの姿勢は良いものと感じました。その一方で日本の新聞は売上げや収益の上で危機に瀕している事実。新聞社は、収益と取材網の双方を維持する新しい方法も模索する必要があるとも思いました。現状では朝日新聞もLINEFacebookにニュースを配信して小額の収益を上げているようですが、朝日新聞のデジタル本部が手がけているwith newsなど、広い取材網を活用した新しいニュースメディアの模索の試みも面白い。
 ただ団塊世代の高齢化と、情報技術の使用に慣れた世代の中高年化とともに、新聞社の収益と取材網の双方の縮小は、より切実な問題になるでしょう。他の新聞に比べると朝日新聞は定期購読者数も多く、まだまだ守られた立場にありますが、ご指摘のように、どれを記事にするかで地域の将来を左右する、強い権力を有していると思われる一方、月刊『ジャーナリズム』の論考に比べると、時に書き手の立ち位置や責任の所在があいまいで、取材や論が「ゆるい」記事が散見されるとも感じています。
 地方紙も最近では全国紙に対抗して、地域色を強く打ち出した紙面を展開しています。八百板さんのように若く志のある全国紙の記者が、地方でも、切磋琢磨してよい記事を重ねることを期待しています。
 酒井信(文教大学情報学部メディア表現学科)

第15回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年11月)

「調査報道の新しいかたち」
大西 祐資(おおにし・ゆうじ)氏

まとめ:第15回京都メディア懇話会月例会では、 大西祐資氏(京都新聞南部支社長兼編集部長)がパナマ文書報道における調査報道のあり方を題材に調査報道の新しいかたちについて報告した。
 大西氏によれば、2016年はパナマ文書報道により「ジャーナリズムの歴史に刻まれる年」となったという。通常、報道機関が同業他社と協力して調査報道を行うことは極めてまれであるが、パナマ文書報道は75カ国超における100の報道機関、のべ400人のジャーナリストが連携して行った「別次元の調査報道」であった。膨大なデータベースに加えて、セキュリティー上安全な情報交換フォーラムを作成するテクノロジースタッフのサポートもあったことから、パナマ文書報道はアイルランドの首相辞任などに象徴されるような大きな成果をあげることとなった。大西氏がインタビューをした日本に関わる内部文書を分析したジャーナリストの一人は「ジャーナリストも国境を越えて連携しないと(権力に)太刀打ちできない」とジャーナリストの協調の重要性を述べたという。
 つづいて、大西氏はパナマ文書報道を可能にした国際調査報道ジャーナリスト協会(International Consortium of Investigative Journalists: ICIJ)などの非営利組織によるジャーナリズムの役割について報告した。大西氏によれば、①既存メディアが凋落しジャーナリストがNPOへ活躍の場を求めた②米国にある寄付文化という二つの主要な要因が非営利ジャーナリズムの台頭を支えているという。一方で大西氏は、日本の調査報道の現状として①「特オチ」への過度の恐れなどといった「メディア企業内文化」要因に加え、②経営難による記者デスクの減少といった制度に特徴的な要因により調査報道へのシフトが難しいと指摘した。しかし、日本でも現行の巨大メディアに所属するジャーナリストではその実行が容易ではない「公開情報を利用した」非営利ジャーナリズムが生まれてきているという。最後に、大西氏は調査報道がなくなることは、権力監視ができなくなることを意味し、民主主義社会をあやうくする可能性があると指摘した。
 大西氏の発表をうけて、京都新聞報道部の峰政博氏は現場の声として、人手不足が原因で新聞による調査報道が難しくなってきているという現状を報告した。調査報道を基にした年間連載を行いたいという声も若手記者のなかにはあるものの、調査報道には「(記事として)形になるかわからないというリスク」があるという。
 大西氏および峰氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。オーディエンスの一人からは、パナマ文書報道が暴いた巨額の脱税の摘発などというのは、本来であれば検察の仕事であって、ジャーナリストらが検察の仕事を担うことで世論誘導をしてしまうような社会にはリスクが生じるのではないかというコメントが出された。また、ジャーナリストらが情報提供者によって利用された可能性もあるのではないかという質問に対しては、大西氏は調査報道をするジャーナリストにとって誰かからの情報提供は必要なものであり、情報提供なしに調査報道を行うのは難しいと述べた。さらに、司会の十倉良一氏(京都新聞シニア論説委員)の紹介により小黒純氏(同志社大学社会学部メディア学科教授)は情報公開制度を駆使して大津市役所と自治会連合会との不健全な関係等を調査する「大津WEB新報」の活動について報告した。活発な議論を通して調査報道のあり方におけるさまざまな可能性と課題が明らかになった。
 なお、発題者らが取り組む日本の調査報道活動をより詳しく知りたい人は以下を参照されたい。高田昌幸・大西祐資・松島佳子編著(2016)『権力に迫る「調査報道」』旬報社。
阿部康人(本会事務局長、同志社大学社会学部助教)

感想1.
 パナマ文書の報道により、新たな調査報道のかたちとその力の大きさを思い知った。発題者の大西さんによれば、アメリカの報道の姿は日本のそれの15年先を行っているとのことなので、このままいけば日本もアメリカのように既存メディアは凋落していってしまう。その上、また、寄付文化など各国のように非営利ジャーナリズムが成立する土壌もあまりない。そんな中で、これから日本の報道が在り続けるには、既存メディアや非営利ジャーナリズム団体、さまざまな報道機関が、支えあいながら共に報道を担っていくことが重要になってくると感じた。競争も時には必要だが、潰しあうような競争をしている場合ではない時代なのだなと思った。
初めて参加させていただいたが、来年度から報道に関わって働くにあたり、大切なことを学ぶことができたと同時に、自らの勉強不足も痛感した。将来自分も調査報道に携わりたい。そのために、知識をつけ、様々な現場で足腰を鍛えていきたいと強く思えた良い機会となった。
 大西成美(奈良女子大学生活環境学部4回生)

感想2.
 調査報道のこれからにおいて既存のメディアはどうあるべきなのか、来春から新聞記者として働く筆者にとって、非常に有意義な時間だった。
 調査報道は時間も労力もかかる。そもそも、手間をかけても紙面に載せられるほどの収穫があるとは限らない。取材や原稿の作成などの多忙な日々を過ごすなかで、調査報道のための資料の収集・分析にどれほどの余力があるのだろうか。しかし、調査報道をせずにただ起こった出来事のみを垂れ流す報道機関に存在価値を見出せはしない。とりわけ情報発信の速さにおいて、テレビとネットにはるかに劣る新聞では調査報道の重要性を過小評価するべきではない。
 何をネタにするのかが肝要なのは言うまでもないが、どのように取材・調査するのかということも同様に疎かにしてはいけないと感じた。その最たる例がパナマ文書の報道だ。パナマ文書それ自体が世界を揺るがすスキャンダルだということもあるが、新聞社、通信社などの垣根を越えて情報を共有し分析・報道するという形にはこれからのメディアの在り方に大きな可能性を感じた。
 もちろん、駆け出しの記者になる筆者は、まず取材のイロハから学ばなければならないのは言うまでもないが。
笠原良介(大阪市立大学大学院文学研究科言語文化学専攻言語応用学専修2年)

感想3.
 日本の大手新聞社はほとんど調査報道を担う取材チームを持っている。「調査報道」とは何か。行政や政治、大企業など権力や権威あるものが隠している事実を、自らの責任で取材し公表することで社会問題を掘り起こし深めるもの、「発表報道」と一線を画するものと言える。「パナマ文書」は政治・経済界など各国の要人達による租税回避「錬金術」を暴いたもので、その始まりはパナマにある法律事務所の内部文書のリークからであった。
 大西氏は「パナマ文書」報道は、調査報道の新しいかたちであり、別次元の調査報道だと提起された。その理由として①国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に持ち込まれ、加盟する107社(80か国)、400人のジャーナリストが連携したこと。②テクノロジースタッフのサポートがあったこと。③大きな成果をあげたこと、をあげられた。
しかし現在のわが国をみれば、経営難や記者の数が減少し、調査報道の比率は低くなる傾向にあるとのこと。政府による報道機関への見えざる圧力が強まりつつあるように見える今日、記者個人や各社の問題、国際連携が可能かなど課題は多い。
木村正孝(京都府地球温暖化防止推進員)

第14回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年10月)

 
今回は中田健一氏(元・神戸新聞社メディア局長/元・京阪神エルマガジン社社長)が、阪神淡路大震災直後の神戸新聞社について自らの体験を交えながら報告した。

 1995年1月17日午前5時46分に起きた阪神淡路大震災により、神戸新聞は壊滅的被害を受けた。三宮の本社ビル(新聞会館)の全壊に伴いコンピューターによる製作フォーム(CTSシステム)も完全にダウン、製作センターの印刷機器も一部損壊、さらには社員も被災者となった。このような壊滅的被害状況にもかかわらず、 震災発生当日午前7時に神戸新聞は、京都新聞との相互支援協定によって京都新聞に新聞発行援助を依頼、当日の20時には夕刊を刷了したという。

 中田氏は震災発生時には東京支社にいたが、自らの体験に基づいて東京支社の状況についても報告した。震災直後の東京支社では、震災による危機的状況により「神戸新聞が潰れるという空気」があったという。最後に、中田氏は神戸での復旧への取り組みのなかで京都新聞が果たした大きな役割について指摘した。神戸新聞と京都新聞による合同連載企画「生きる」はその年の新聞協会賞を受賞している。

 中田氏の発表を受けて、コメンテーターの齊藤修氏(京都メディア懇話会・理事長/京都新聞ホールディングス顧問)が、震災当時に京都新聞社会部デスクであった自らの体験に基づきながら、阪神淡路大震災直後の京都新聞と神戸新聞の連携について述べた。震災直後の京都新聞と神戸新聞の連携が奏功したのは「幸運が重なったことが大きい」と指摘したうえで、この過去の歴史を「幸運」とするだけで終わるのではなく、メディアの社会的責任という見地から震災時におけるメディアのあり方を議論する必要性があると述べた。

 中田氏の報告と齊藤氏のコメントを受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の一人による震災直後の神戸新聞の配達状況に関する質問に対して、中田氏は被災地域の新聞販売店では、宅配できない神戸新聞を避難所である学校などに持って行って配布したと述べた。また、他の参加者からは、阪神淡路大震災の記憶が風化するにつれて若い記者(および将来世代)への教育の重要性が指摘された。また、ほかの参加者からは防災のためのメディア連合の必要性が指摘された。来るべき南海トラフ地震を念頭に活発な議論を通して災害時におけるメディアの課題が示された。(まとめ:阿部康人、京都メディア懇話会事務局長)


感想1.
 神戸新聞は地震により自社設備に損害が生じ、協定に基づき京都新聞の協力で4ページの夕刊を当日発行したとのことであった。当時の被災者にとって、自分たちが現在進行形で体験している被害を報じる当日の新聞の発行にどのような意味があっただろうか。新聞は速報性に劣るがたしかな情報を確認しながら読めるし、神戸の現場では電気も水道もガスも途絶した中、無料配布された新聞は大きな心の救いとなったであろう。しかし同時に、お話しを伺いながら、新聞だけではどうにもならない状況を今後どのようにして減災に結びつけられるのかと考えざるを得なかった。

 私は神戸の震災後に生まれたが、その震災が悲惨であったこと、災害に備える必要性といった基本は忘れてはいけないと思う。その思いは今回の勉強会で、当時の現地新聞社が困難な中でも発行を続け、後世に情報を伝達した働きを知ったことにもよる。普段メディアという視点を通して物事を考えることがあまりない筆者にとっては良い機会となった。西俣結貴(同志社大学法学部3回生)


感想2.
 長らく新聞社におられた方々からの色んな知らなかったお話を聞けてとても刺激的だった。私は地震を直接経験したことがなく、地震の怖さを身を持って知るということはないのだが、親や親戚から話を聞いていると自分が今住んでいるところにも地震が襲い、家具が倒れたという、今では想像できないようなことが実際あったようだ。

日本の環境からしても天災というのは珍しいものではないが、備え不足により被害が大きくなる場合もあるなど過去の教訓をまだ十分に活かし切れていない。そうならないためには、今回お邪魔させていただいたような地震などの天災の恐怖を感じられるようなイベントのようなものに参加することも私にとっては1つの対策だと思う。

今までは自分より年上の方しかいないような場に行って勉強するという機会はなかった。そういう場では自分が思っていた以上に発言を求められる機会が増えると思う。常日頃から問題意識を持って過ごすことで突然求められても対応できるのではないかと思う。これからは発言能力も磨いていきたい。
寺岡良輝(同志社大学法学部1回生)


感想3.
 東日本大震災の現場で入手した「3.11」河北新報を月例会場で回覧させていただきました。現在は大阪産業労働資料館で社会運動資料の保存整理をしていますが、阪神淡路・東日本震災とも現場に出向いて当時勤めていた管材料メーカーとして下水道・農業用水の管路調査・復旧に携わりました。中田さんのレクチャーから感じることは神戸新聞自体が被災企業であり、記者自身が被災者という立ち位置からのものごとがはじまるということです。メディアは大半の場合、安全地帯の取材基地をベースに取材に当たり、高所大所からものを論じるケースが多い。しかし、震災は被災を共有することで被災者の目線が自然と芽生えたのではないでしょうか。さらに齋藤さんの東日本震災における河北新報の取り組みのコメントについてですが、河北新報が新聞の単線回路だけでの「伝達」だけでなく、裏取りをしたうえでのSNSやツイッターでの複線回路での「伝達」で安否・安全情報を伝えていくことで「総体として何かを伝えていく作業を粘り強く続け、一過性でない継続した震災報道に進化していった」のだと感じています。3月12日に仙台駅で停電のため、電子式のコインロッカーを客の認証資料を確認してバールでこじあける姿は、地震で電気を用いるメディア・ツールが使えなくなった光景であり、従来的取材、発信手法を超えた手段によって対応していった河北新報の取り組みも、今後、全国紙よりも県域紙・地方紙にとっての有益な事例として検証されていくと思う。
(森井雅人:大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

第13回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年9月)


 今回の例会では、 村上祐子氏(KBS京都取締役)がKBS京都を事例として、京都におけるAMラジオのこれまでの歩みと現状について報告した。

 1951年12月24日、民間放送としては5番目にKBS京都(当時はラジオ京都)は烏丸二条で開局した。村上氏によれば、草創期のAMラジオは一人で聴取するメディアではなく家族で楽しむメディアであったという。開局一周年で公開録音を行い、1963年に西日本初のサテライトスタジオを開設したのちも、KBS京都は地域のAMラジオとして京都フォーク音楽文化のサポートに加え、京都の若者を眠らせない「深夜京都」、交通事故を減らすための交通安全キャンペーン「かたつむり大作戦」などさまざまな番組を通して地域文化を担ってきた。2010年以降も、難聴取問題の解決のためにIPサイマルラジオサービスのラジコ(Radiko)に参加するなど積極的に聴取者の拡大に務めてきているという。

 村上氏の報告を受けてコメンテーターの新村章氏(KBS京都元専務取締役)が、ラジオのおかれている厳しい経営状況について述べた。ラジオの広告費の減少に加えて、ラジオ受信機数の減少およびラジオを聴かない若年層の増加という厳しい現状がある点を踏まえながらも、新村氏はローカルラジオ局の自社制作番組の割合がローカルテレビ局よりも高いと指摘するとともに、災害時におけるラジオのメディアとしての強みを強調した。ローカルラジオにはとりわけ地元からの信頼が不可欠だという。

 村上氏および新村氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の一人による「過去の番組のアーカイブが残っているのか」という問いに対して、村上氏は、過去に賞をとったような番組は残っているものの、ほかの番組はアーカイブとして残っていないと述べた(ラジオ番組はディレクターの個人番組のようなところがあり、過去の多くの番組は担当ディレクターの「私物」となっているのが現状だという)。またほかの参加者からはラジオの魅力を伝えていくためにも、ラジオそのものを研究する学者をつくる可能性があるのではないかという意見が出された。この意見に対しては、ほかの参加者から民放がラジオの経営データを出さないため、日本におけるラジオの研究は困難であるという指摘がなされた。活発な議論を通してローカルラジオの課題と可能性が示された。(まとめ:事務局長・阿部康人)

2016年9月例会感想

 ラジオの魅力とは何だろうか。情報量では動画に劣り、条件によっては難聴問題等により、情報が正確に伝わりにくい。快適で便利なメディアとは言いがたく、とくに若い世代にはなじみが薄く、もはや「過去のメディア」のようだ。しかし、今なお新しい番組が生み出され、着実なファンが存在する。
 筆者は最近アナログレコードにハマっている。恐る恐るレコード盤をスリーブから取り出し、ターンテーブルを回し、針を落とす。するとプチプチというノイズと共に、どこか人の手の温もりを感じる音楽が流れだす。面倒くさい作業かもしれないが、ラジオも同じではないかと感じる。ラテ欄をチェックし、アンテナを伸ばし、ダイヤルを回してベストな周波数帯を探る。
 ゼンマイ式腕時計のメンテナンス、豆を挽いて飲む珈琲の美味しさ。人の営み、余暇とはこういう「ひと手間」に魅力があるのかも知れない。(関西外語専門学校社会科教諭 松尾祐樹)

第12回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年7月)


 今回の月例会では、 勝野宏史氏(同志社大学社会学部准教授、メディア人類学)が「アメリカにおける日本のポップカルチャーの受容」と題したテーマで、多くの図像や動画を使って報告した。
 ポップカルチャーとは漫画やアニメ、映画、ゲーム、ポピューラ音楽などを言うが、いま日本発のポケモンやハローキティ、ゴジラ、スーパーマリオなどが欧米、アジアで広く消費されている。米国のアニメ・コンベンションでは大勢のオタクが詰めかけ、東京のアニメショップには海外観光客が「聖地巡礼」として訪れている。
 こうした日本のポップカルチャーに対する研究は、国内ではなく米国で始まった。1998年に米国留学すると、アリゾナのビデオ店で日本コーナーに出くわし、テレビでドラゴンボールを見た。そうしたことが、私の問題意識を喚起し研究に向かわせた。
 日本のポップカルチャー受容の歴史を振り返ると、戦前の玩具輸出に始まる。第1次世界大戦後、敗戦ドイツに代わって米国メーカーの発注に応えた。担ったのは寺社の金具製作の伝統産業の職人であった。戦後の占領期には進駐軍が廃棄したブリキなどが使われた。1960、70年代は鉄腕アトムやジャングル大帝、ゴジラ、ウルトラマンなどが米国のローカルテレビ局で放映されるようになる。大衆娯楽が映画から茶の間のテレビに移り、子ども番組の需要から日本のアニメに目が向けられた。90年代には日本アニメは世界に広がり、ポケモンブームが起きた。
 これらのアニメや映画ではオリジナルが改変され、日本製であることを消して米国仕立てになった。戦争への反省、米国へのあこがれから日本アニメは文化的無臭性、無国籍的だったことが、米国にとって都合が良かった。米国製のように見せたのは、かつての敵国に対する抵抗感がまだ残っていたからで、改変は日本では問題にされない暴力や性的シーンが米国では子ども番組のテレビコードに抵触したからである。90年代以降のグローバリゼーションで日本アニメは世界に拡散するが、それは米国が発信源になって、米国で改変されたアニメであった。
 日本に対するイメージを米国の雑誌、映画でみると、1960年代までは古い伝統や芸者に向けた好奇な目がある。日本製に対する「安かろう悪かろう」の意識がみられ、そこには日本の対米追従という力関係があろう。しかし、80年代に入ると雑誌表紙にサムライが登場するなど日本をライバル視するようになる。自動車や電化製品が世界に広まり、日本製品の高品質・高技術が認められてくる。近未来を描いた米映画「ブレード・ランナー」やウイリアム・ギブソンの小説に登場するのは日本である。日本は未来をイメージさせる国ととらえられていた。
 21世紀はネット時代となり大きな変化が起きる。大人になったアニメファンが求める改変前のオリジナル版が、深夜番組やネットに流れるようになる。2010年以降には日本のポップカルチャーに対する受容は多様化し、アニメ発祥の国を見たいという観光客が増えている。最新の雑誌表紙を見ると伝統と先進が入り混じった日本が描かれ、奇妙でクールな国というイメージに変わっている。
 報告を受けて、コメンテーターの阿部康人氏(同志社大助教)が、クールジャパンを求めて多くの外国人観光客が訪れる京都をめぐり、地域メディアは京都の良いところを伝える必要がある一方で、それが京都のネガティブな面を隠蔽してしまわないか、といったジレンマを抱えていると指摘した。

 続いて会場から質問を受けた。江戸時代の階層を翻訳するのは難しく、歴史的背景が分からないと理解できないことがあるが、アニメなどではそうした例はあまりない。米国では人種差別に特に気を付けている。世界に展開する任天堂やソニーといった企業は各地域に合わせて製品を改変する戦略をとっている。文化の改変は国力の差によってもたらされるが、ネット時代にはそうした関係はフラットになった。日本は90年代以降、文化の魅力によるソフトパワーを重視し、日本商品のファンを増やすことに注力している。ネット時代になりファンの力が大きくなっていることに注目する必要がある。(まとめ、事務局次長=企画担当 十倉良一)

 2016年7月月例会(研究会)の感想、その1

『おもちゃを与えられることはなく、テレビは「知能低下」(かつて「一億総「白痴化」といった評論家や逆に一億総「博知化」といった学者もいる」の源泉、漫画は絵と、文字以外のメディアを避けて暮らしてきた。それほど、テーマとされた「ポップカルチャー」とは無縁の人生を私は歩んできた。そんな私だが、1940年代からの玩具産業が仏閣の飾り物などを専門とする職人たちが発展させたという話が起点となって聞き入った。どうやら文化と産業は切っても切り離せないものらしい。しかも、アメリカ側から日本を見るという視点が面白い。当然アメリカの倫理観や生活思想が色濃く反映されたものに加工される。だが、情報のグローバル化が進むと生のものが出回り、作品の国際化が国籍を薄める。整然とした流れだが、体系的に整理されて初めてストンと落ち興味も湧く。
 この例会の楽しさは、個人の得手不得手に関わらない発題の広さ奥行きにある。それに発題者の表情や語り口が、自然と学ぶこと知ることの喜びを発散させリードしてくれる。ただし、ときおり、発題内容と関係の薄い質問の繰り返しが見られ、自分自身の反省の場にもなっている。多くの方が楽しみながらまなべる場として参加されることに期待したい。(大谷重信)

2016年7月月例会(研究会)の感想、その2

 発題者の勝野先生は 文化人類学専攻で アリゾナ大学に他の目的で留学されたが、アメリカで紹介されている日本のポップカルチャーが、日本的な文化が消されて無国籍に編集しなおされているのに気づき興味を持ち研究を始められた。日本的「要素」がないほうがアメリカ社会で受容され、ビジネス(商売)になるからであった(ゴジラ、ウルトラマン等)。しかし“おしん”のドラマはアメリカでは受け入れられていない。反対にそれがイランでは流行ったとアメリカで聞いた。スタジオジブリのアニメは宗教の聖地を訪れるように観光の名所になっている場所を取り上げることもあり Cool Japan の魅力の一つになっている。アメリカではもともとデイズニーや ハローキテイの文化がありポップスを受け入れる文化がある。今後日本のポップカルチャーが21世紀のアメリカや他のアジアの国々にどのように受け入れられ、変遷していくのか、大変興味をもったすばらしい発題であった。芸者やサムライから脱皮して新しい先進的なものが入っているポップカルチャーがこれから外国でどのような変容を見せるのか?日本の新しいソフトパワーの一つになるといいのだが…(寺森義信)

ゲスト略歴:勝野宏史(かつのひろふみ)1973年福岡市生まれ。獨協大学・アリゾナ大学卒。ハワイ大学で修士号・博士号取得。同志社大学社会学部助教、大阪経済大学人間科学部准教授を経て2016年度より現職。専門は文化人類学。メディア文化論。

第11回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年6月)


 第11回月例会では、 太田航平氏(NPO京都コミュニティー放送理事・京都ラジオカフェ株式会社代表取締役)が京都三条ラジオカフェを事例としてNPO法人によるコミュニティー放送局の社会的役割とその可能性について報告した。
 冒頭、太田氏は自身が日本初のNPO法人による放送局を開局するに至った経緯を話した。太田氏によれば、環境NPO活動に従事していた際に、自身の活動を日本のメディアによってゆがめて報道された体験が一つのきっかけとなって、市民がメディアを持つ必要性を痛感したという。京都にFM79.7京都三条ラジオカフェ(以下、京都三条ラジオカフェ)を開設した理由は「街中の機能を一つ増やしたい」と思ったため。「自分事を社会事にするプラットフォームとしての放送局」を目標にして、幅広い市民から資金を募り、2003年に市民が自分の番組を自由に制作できる 京都三条ラジオカフェを開局した。
 その後、太田氏は京都三条ラジオカフェによるこれまでの番組制作について紹介した。大学生の「地域に関わっていきたい」というニーズに応えるために大学と地域を結びつけるための実験をしたことなどを含めたさまざまな具体的な事例を通してコミュニティー放送局の現状を報告した。
 太田氏の報告を受けて、コメンテーターの十倉良一氏は、コミュニティー放送局をメディアの民主化運動/市民メディアの歴史的文脈に位置づけて解説したうえで、国家が放送局に法的側面などで影響力をもっている現状を指摘したのち、コミュニティー放送局が抱える課題を資金と人の問題であると述べた。
 太田氏の発表と十倉氏のコメントを受けて、会場のオーディエンスからも質問とコメントが出された。参加者の一人による「コミュニティー放送局はマスメディアとどのように関わっていくべきか」という問いに対して、太田氏はコミュニティー放送局の役割として①より多くのオーディエンスを求めることを目標にするのではなく②市民の一次情報を発信できるプラットフォームとしての機能を担うことに専念することと指摘したうえで、コミュニティー放送局でマスメディアには取りあげられない情報を地域の人に発信してもらうことの社会的意義を強調した。ほかの参加者からは、市民がつくった放送番組の放送内容に苦情が出た場合の放送局としての対処について質問が出たが、太田氏によれば聞いている人がほとんどの場合、市民自身が制作/出演した番組のファンということで、「ほとんど苦情はない」という。最後にコミュニティーラジオの課題としては、番組制作をしている人たち(学生など)があまりラジオを聞いていないことなどが挙げられた。活発な議論を通してコミュニティーラジオの可能性と課題が示された。(まとめ、事務局長:阿部康人)

参加者の感想、その1:
 何かを伝えたいと思う市民が、不特定多数の市民に向けて呼びかけられる。そんな情報空間は市民社会の悲願であり、わたしには京都三条ラジオカフェがその実験をされているように思っていました。
ただ、太田さんの話を聞いていて、番組の「島宇宙化」がひとつの課題なのかなと感じました。番組は「送り手」の興味関心ごとに作られ、それぞれ固有のリスナーがついている。でも、苦情らしい苦情がない。その理由を問われた太田さんは、関係者しか聴いていないのではという主旨の応答をさないました。わたしはそこにひっかかりを感じました。
 市民の情報活動は広がりにくいと言われます。市民活動のチラシを手に取るのは、結局、関係者だけという笑い話もあります。米法学者C・サンスティーンは、ネット空間で議論が島宇宙化し、「炎上」する問題を論究しています。パブリックな言論空間であるラジオカフェには、番組横断的あるいはリスナー横断的なオープンなコミュニケーションの仕掛けが必要なのかなと思いました。
 わたしはメディアとNPOとの「協働」を研究しています。その経験から、NPOのミッションやアドボカシーが、マスメディアのジャーナリズムに架橋できるものと信じています。(畑仲哲雄、龍谷大学社会学部・大学院社会学研究科准教授)

参加者の感想、その2:
 誰でもがラジオ放送の送り手になれる市民参加型のユニークな三条ラジオカフェの方式は、敷居が低くて良いと思うが、個々の番組が単発的でそれぞれのインタラクティブなつながりが希薄で残念だ。どこか貸し館業務を主とする地方の市民会館=ハコもの行政に類似してしまうのは勿体ない。微弱電波とはいえ公共の電波を使用する以上、地域貢献の視点もあればなお良いのではないか。特に学生時代、熱心に環境問題に取り組んでこられた経験の豊かな太田様ならではの今後の仕掛けに期待したいと思う。

 また、電波の範囲となる所謂「田の字型地区」は、錦市場・百貨店などを中心に京都市内でも有数の外国人観光客の訪問場所でもあり、インバウンドに向けた興味深い情報をラジオと親和性のあるメディア(街角情報紙、スマホのSNS、情報アプリ等)とのクロスメディアの形にすると面白いかなとも思う。勝手な妄想だがこれは、急な災害時などにも言葉のわからない外国人観光客救援に奏功するかもしれず、日頃からの訓練でFMわぃわぃのような機能ももたせることによって、京都の地元ジャーナリズムに厚みを持たせることにもつながると思う。(永井るり子、立命館大学社会人学生)


第10回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年5月26日)

 


第10回月例研究会報告
日時:2016年5月26日(木)18:30~20:00
・会場 同志社大学寒梅館6階大会議室
・発題者:畑仲哲雄(龍谷大学准教授)
・演題 〈新聞〉の創造的破壊-上越タイムスを事例に
・発題者略歴:1961年大阪市生まれ。関西大卒。毎日新聞社会部、日経トレンディ編集部、共同通信経済部で取材記者や編集実務に従事。勤務のかたわら2004年から東京大学大学院学際情報学府(旧新聞研)に入学。博士(社会情報学)。2013年から龍谷大学社会学部准教授。著書に(2014)『地域ジャーナリズム – コミュニティとメディアを結びなおす』など。

・発題者から
〈新聞〉を産業の面からみれば凋落の一途だが、市民社会から必要とされなくなったわけではない。人々のコミュニケーションを促す機能としての〈新聞〉は、むしろ必要とされているといえるのではないか。そのことを体現するひとつの事例が、新潟の地域紙「上越タイムス」である。同紙は1990年代には廃刊目前の赤字経営だったが、紙面の一部をNPOに委譲するなど、〈新聞〉が禁じ手としてきたことを壊し、結果的に発行部数を3倍に伸ばした。この事例から得られる教訓とは・・・・・・
・司会者:齊藤修(京都メディア懇話会理事長、京都新聞ホールディングス顧問)
・コメンテーター:中谷聡(光華女子短期大学講師、懇話会事務局次長)

 第10回月例会では、 畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部・大学院社会学研究家准教授)が上越タイムス紙(本社:新潟県上越市)を事例として地域ジャーナリズムの現状と可能性について報告した。新潟県の地方紙である上越タイムス(創刊1980年、創立1990年。発行エリアは上越市、妙高市、糸魚川市)は1999年から、NPO(非営利団体)の「くびき野NPOサポートセンター」に紙面の一部を毎週月曜日に提供することを通して紙面制作を展開した。市民に紙面を提供するという経営者の判断に対して、現場のジャーナリストからは編集権の維持という観点から猛反発が起きたものの、2002年には毎週2頁、2004年には毎週4頁と紙面を提供することとなり、それに伴って部数も1997年の5〜7,000部から2010年の20,000部へと飛躍的に拡大した。畑仲氏によれば、この地方紙とNPOの「協働」が持続した背景には、①新聞社側の利益(当初の経営てこ入れ策、など)②NPO側の利益(不特定多数の人に情報が届くこと、など)③地域自治(地方自治)への寄与(地域社会の共助の活性化、など)という「近江商人の三方よし」のような関係性が維持・構築されてきたためだという。加えて、畑仲氏は上越タイムスのジャーナリズムモデル(自律志向の地方自治と参加民主主義の活性化を主な目的とするジャーナリズム)を、従来のいわゆるニューヨークタイムズ型のジャーナリズムモデル(権力監視を主な目的とするジャーナリズム)とは異なる「ジャーナリズム」の1つの型として提示した。

 畑仲氏の報告を受けて、コメンテーターの中谷聡氏(光華女子大学講師)は、若い世代の多くが新聞を購読しなくなっている現状において、上越タイムスの成功事例が(全国紙に広がるのは難しいにせよ)地域紙に普及していくかどうかという問いかけを行った。

 畑仲氏と中谷氏の報告ののち、会場のオーディエンスからも質問や意見が出された。参加者の一人は「市民運動は人間の生き方の1つの過程」であり、NPOによる紙面制作には「違和感」があると述べた。また、研究会当日に回覧された上越タイムスの紙面を読んだ参加者の一人は、充実した上越タイムスのラジオ・テレビ欄から地方紙が学べることがあるのではないかと指摘した。さらには、紙面を提供しているNPOと行政との緊張関係,逆に全国紙ではない地域密着の地域紙だからこそ記事にしにくいトピックもあるのではないか・・・など話題は多岐にわたった。これらの議論を踏まえて、畑仲氏は「全国ニュースはコモディティー化している」との見解を述べ、全国ニュースやインターネット、テレビなどで伝えられないニュースを救いとることができることが上越タイムスの強みであると指摘した。地域密着型の地域紙の研究事例を通して、日本の地域メディア/全国メディアの強みと弱みなどが議論を通して示された。(事務局長:阿部康人)

参加者の感想
①5月26日(木)の研究会に参加させていただきありがとうございました。研究会の開催については1週間前ぐらいの京都新聞の紹介記事をたまたま滋賀県内で読んだことがきっかけで知りました。私は2011年の東日本震災発生以降に三陸地域で復興関連業務に従事し、その地域の「地域誌」(=石巻日日新聞、東海新報、三陸新報など)が県域紙よりもある種先鋭的な面を持っていると感じた時期がありました。畑仲先生のレクチャーは地域がちがうとはいえ、非常に地域紙のありようを的確にとらえて分析されていたと思います。NPOというある意味では「うさんくさい」存在との協働、また東京の地元出身者向けへの情報発信紙の発行など、地域紙が内包している緊張関係を維持し、地域紙とはいえアクセスの対象を地域的にも読者層としても「越境」していく姿勢は地域からの発信で何を伝えるのか、誰に伝えるのかの戦略を明確にしていることに感心しました。こういうローカル・ラジカリズムが他地域でもおこることを期待しています。(森井雅人)
②ローカル新聞の発刊継続の困難と現状が理解できました。新聞に限らず、ローカル放送局にも当てはまり「他山の石」ではありません。新聞離れとテレビ離れの原因を「インターネットやスマートフォン等の新ツール出現」と単略化するだけでは自己責任の転嫁になってしまうからです。上越タイムスの紙面に「弱者」が結集することで民の「力」になることがわかりました。そして、当該新聞は「弱者を守ることがメディアの原点の一つであり、大メディアが置き去りにしていたジャーナリズム原点を示唆」してくれています。ローカル放送局が、東京発番組崇拝から細かな地域情報、例えば「ゴミの収集日…」情報などの提供にも配慮せねばならないと学びました。今日のメディアの進化を止めているのは、華やかな栄光のあった時代の概念を基本としているのではないのか、タレントの人気に乗っかり、華やかな電飾スタジオからの番組は「偽番組」ではないかとも思えてきました。
また、既存の古い価値観を捨て、次世代の若者に新聞や放送を任せてみては…。最近、「大学と地域の連携」を主旨に誕生した特定非営利法人「ラジオミックス京都FM870」に予備免許が与えられた。うれしいことである。(土田弘)


第9回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年4月28日)


 京都メディア懇話会2016年度総会後に開催された第9回月例会では、 上田耕滋氏(京都新聞COM総務委員)が京都新聞による文化事業の現状について報告した。上田氏によれば、新聞業の目的には本業(取材・報道活動)に加えて、広義の読者・市民サービス(文化事業)がある。文化事業には、本業ではカバーできない読者との直接的なふれあいの機会をつくることを通して、域内における存在感を示す狙いがあるという。ただし、新聞社の主な収入源である①販売収入(購読料)②広告収入③事業収入の3つのうち事業収入は販売収入および広告収入に比べて「桁違いに少ない」。加えて、新聞社の文化事業には、経済的リスク(興行の不入りなど。新聞社が「レベルの高い催事」を通して地域貢献を試みても、収益が上がるとは限らないという)や社会的リスク(運営上の安全管理など)といった問題が伴うという。しかしながら、人口減などの社会の変化とともに、新聞業にはこれまで以上に紙面外で地域社会の読者や市民と直接かかわる双方向型コミュニケーションが求められている。上田氏は、これらの現状を踏まえて、従来の「存在感を示す」という発想を超えた文化事業を構築していく必要性を述べた。
 上田氏の報告を受けて、宮本実氏(京都新聞COM取締役)が、新聞社などのどこかの事業体がリスクをとってでもやらなければならない文化事業があると指摘した。ただし、文化事業によって「本業の事業を圧迫する可能性」も存在するという。また宮本氏は、「文化事業」を広く捉えた事例として、新聞販売所などが 単独世帯の高齢者の多い地域で行っている「地域見回り隊」などの活動を紹介した。
 上田氏の報告と宮本氏のコメントを受けて、会場からもさまざまな意見が出された。参加者の一人は 、新聞社は存在感を示すことに囚われるのではなく、地域にどのように受け止められたいかという観点からメディアとしての公共性を念頭に置いたうえで文化事業を考えるべきだと述べた。別の参加者は、かつては新聞社が発行部数を増やすためにメディアとは全く関係のない事業をしていたという歴史的事実を指摘したうえで、文化事業によって収益を上げて地域メディアがジャーナリズムの役割を果たす可能性について言及した。第8回の月例会に引き続き、地方メディアによる文化事業の可能性を克服すべき課題などが議論を通して示された。(まとめ:事務局長、阿部康人)

第8回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年2月25日)

活動報告写真

 土田弘氏(株式会社京都放送を2005年に定年退職。1995年から2014年まで同志社大学社会学部嘱託講師)が、株式会社京都放送(以下、京都放送)の文化事業をとりあげ、放送局による文化事業のあり方に関する問題提起を行った。

 土田氏によれば、1981年に京都放送が新築移転した際に放送会館(本社屋)内に併設した多目的貸しホールを有効利用するため、同社はホールの稼働率を上げるために必要な「空間文化産業」として、従来の放送事業内容とはいくらか異なるノウハウが必要になった。同社はそうした事業として「身の丈にあわせた文化事業」を模索した結果、当時は交流が今ほどなかった中国のもの(ゴビ砂漠の砂などを持ち込んだ)に直接手に触れることの出来る「感じる中国展」(1984年)開催を実行したと述べた。この事例を紹介した後、放送メディア企業が「放送以外」の文化事業を実践することの問題点について指摘した。

氏によれば、メディアが文化事業を通して①メディア事業のイメージアップ②本来事業の売上増加という2つの目的にとらわれてしまうことによって、放送事業者としての社会的責任を果たせなくなってしまう恐れが出てくるという。土田氏は放送局にとっての文化事業とは放送事業という本業を疎かにしない程度の「事業に限るべき」であると主張した。

 土田氏の報告を受けて、コメンテーターの大谷重信氏は放送局の文化事業を考える際には、文化事業の主催者である企業の論理だけではなく文化事業の利用者/オーディエンスの視点を考慮する必要があると指摘した。そこでは、メディアが文化事業の利用者/オーディエンスをどのように見ているかというメディアの文化事業者としての自覚が問われるという。

 大谷氏のコメントの後、会場の参加者からもさまざまな意見が出された。参加者の一人は メディアがルーブル美術館展などの文化事業を日本で行うことはルーブル美術館に行く機会の少ない利用者の視点からみればとりわけ問題はないと述べた。ほかの参加者は、メディアの文化事業のあり方の特徴を考える際には、デパートなどといったほかの企業による文化事業のあり方の特徴と比較して考えることの重要性を指摘した。また、メディア関係者からは、メディアの現状から放送局が自局の文化事業と放送事業を連携することは困難だという意見が出された。現在のメディア事業者がおしなべて置かれている厳しい経営状況を踏まえたうえで、メディアが文化事業を通して地域の市民・読者・視聴者にどのような貢献ができるかということの可能性と克服すべき課題などが活発な議論を通して示された。(まとめ:事務局長/阿部康人)

コメンテーターの感想:放送局の文化事業担当者の問題提起に対してどのようなコメントができるのか、例会の前々日まで悩んでいたのですが、当日の会場では発題をお聞きしながら小学校で教師に当てられる児童のようにネタ繰り(発言内容を整理)していました。

土田さんのご発言の全容を測ることができない状況で考えていた、昔商業者が嘆いた「こんな状態」という言葉の持つ意味が、ご発表から伺えるこの国の社会状況を映しだしていると感じたからです。「こんな状態」は私たち自身が招いた結果であり、他の誰かに責任を転嫁すべきものではありません。最近身に染みている軽い言葉、中でも「日本を取り巻く閉塞感」とか「・・・は不透明」とかいう表現には違和を感じています。有る様な無い様な、そして責任者をあいまいにしてしまう言葉が、「弱者が弱者」を詰り、その延長線上で「極端なナショナリズム」を生み出している。この流れに疑問符を投げかけるのは、「地域メディア」か「ソーシャルメディア」しかないのではないか、そんな思いで発題をお聞きし、コメントさせていただきました。(By大谷重信)


第6回京都メディア懇話会月例研究会報告(2015年11月26日)

 2015年最後となる第6回京都メディア懇話会では、元衆議院議員の北神圭朗氏(元民主党衆議院議員、現・同志社大学大学院総合政策科学研究科嘱託講師)がメディアに取材される政治家側の立場から、政治報道のあり方についての問題提起を行った。

 北神氏によれば、日本のマスメディアは 寡占状態である点に加えて、日本語という言語の壁によって守られている点からみても、他国のマスメディアと比べても非常に強力な社会的影響力を持つ媒体である。このような影響力を持つ日本のメディアに求められる役割として、北神氏は①正確な事実を伝達することに徹する②専門家の力を借りながら、さまざまな意見やバックグラウンドを持つ市民によって議論がなされる言論の場を提供する、という2つの異なる見方を提示したのち、取材される側から見た政治報道の問題点を指摘した。第一、とくにテレビ報道に顕著に見られる傾向として、「専門家」の専門性を吟味することなく「庶民の代表」としてコメンテーターで採用している点。第二、それらのコメンテーターに過激な意見を言わせながら、メディアはその言論の責任を取らない点。第三、記者がジャーナリストとしての資格を備えていない点(記者が勉強不足であることに加えて、取材対象との政治家とも癒着している点)など。北神氏は政治報道改革のためには報道の倫理性と専門性を強化することこそが肝要だと指摘した。

 北神氏の問題提起をうけて、コメンテーターの十倉良一氏はこれまでの懇話会のテーマのなかに北神氏の問題提起を位置づけた後に、取材する側の立場からの問題提起を行った。十倉氏は、取材する側が取材先から情報を得るために取材先の懐に入る必要性が出てくる場合があると述べたうえで、そのことが果たして取材先との「癒着」になるのか(それとも「密着」になるのか)という取材する側の現状について述べた。さらに、「メディアは事実の伝達に徹するべきである」という意見は政治家に限らず市民からもあると指摘したうえで、メディアの受け手は伝達された情報を読み解くための情報リテラシーを身に付ける必要があるとも述べた。

 会場のオーディエンスからも活発にさまざまな意見が表明された。参加者の学部生の一人は、一般人が政治家を知るためにはメディアを通さなくてはならないという現状を指摘したうえで、取材される側の政治家がメディアの現状について直接有権者に語ることによって、はじめて理解できるメディアの側面があると述べた。最後に京都新聞編集局長の山内康敬氏が、メディアが市民に言論の場を提示しても、果たして市民がそのような記事を読んでくれるのかといった不安が現場には存在していると指摘。議論の場ではなく新聞社の意見が欲しいという読者にたいして、どのような報道をしていくかがこれからの課題でもあると述べた。(事務局長:阿部康人)

参加者の感想 :会員 大谷重信
50歳代の前半でサラリーマンを辞してから、こうした好学の場に加えていただくことは全くというほどなかったので、心弾ませ参加させていただいています。第6回の北神元議員のお話については、十倉様が論点の整理を戴けました。「メディアは伝達に撤すべきか」という点について感じたところを述べます
メディアという括りはあまりにも大きいので、まず新聞に焦点を絞ります。情報を伝えるだけの媒介としての新聞に価値が見出せるのでしょうか。情報に関わるのは全て人間です。人工知能と比べて人間の優れたところは情動があるからだと言われます。情報を如何なる姿勢(価値観)のもとで報じるか。軸となる捉え方、考え方があってこそ意味をなす真実性等だと考えます。
 次に、テレビは、今更ながらですが、大宅壮一氏がテレビエンタメ番組の過剰演出を批判して発した「一億総白痴化論」とどのように向き合っているかでしょう。ポピュリズムの負をどう克服するかが問われます。新媒体も同様だと思います。
注:「一億総白痴化論」は大宅壮一『大宅壮一全集第3巻ジャーナリズム講話』(蒼洋社、1982年)340頁、初出は 『週刊東京』(195722日号)23頁。


inserted by FC2 system