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活動報告report

第32回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年10月)

「私のアメリカビジネス体験 その2」
発 題 者  : 大江正彦氏(元アメリカ松下電器勤務 同志社女子大学嘱託講師) 
司   会  : 新村 章氏(京都メディア懇話会副会長 元KBS京都専務)
コメンテーター: 永井るり子(京都メディア懇話会事務局次長 光華女子大学講師)


 大江氏の米国での十数年間に及ぶビジネス経験に基づいた「米国文化」報告の2回目(初回は第25回例会)。「ヘイトクライム」(人種や宗教などに対する差別意識や憎悪を動機とする犯罪行為=新語時事用語辞典参照)や「セクシャルハラスメント」について、生々しい体験を交えて語った。
 日常生活では-。アメリカ松下電器に出向した1984年、ロスアンジェルス市で、米国人から「ジャップ ゴー ホーム」など汚い言葉を投げつけられた。また、会社で夜遅くなった会議室に、ビービーガンが撃ち込まれ、窓ガラスを打ち破られたことがある。その日は12月7日「パールハーバーの日」(日本では12月8日「真珠湾攻撃の日」)だった。さらにカリフォルニア州で合唱団に入って仲良くやっていたのだが、2007年に帰国する折に、合唱団の大江氏個人の書棚に「真珠湾攻撃で炎上する戦艦アリゾナ」のコピーが入れられていたこともあった。真珠湾攻撃を仕掛けた日本人に対する米国国民の憎悪は消えていない、という。ビジネスの現場では-。Affirmative action(不公平な待遇を受けてきた黒人などの少数派の人びとに対して雇用などの機会を優先的に与える政策=同上)の現場で、上司の人事部長(白人)から「(あなたは)慣れていないから黒人は採るな」という指示を受けたことがあったと話した。
 セクハラ問題では、1990年代初め、日本企業ばかりがセクハラ訴訟を起こされたことがある。例えば、日本企業の日本人上司が米国人社員に対して「握手やハグすること」が急にセクシュアルハラスメントだとされる事態になった。日本企業は、「握手しない」「握手しても強く握らない」等の細かなマニュアルの作成など対応に追われた。こうしたセクハラ訴訟が急増した背景として、「日本人の下で働きたくない」という日本人への嫌悪感や差別意識の存在と同時に、その頃、自分たちを脅かすほどに成長した日本企業に対して、米国企業がビジネスを優位に運ぶための手段としてセクハラ訴訟を使った可能性のあることを、大江氏は鋭く指摘した。
 参加者からの「パールハーバーの話は、米国人のジョークではないのか」の質問に、大江氏は「ジョークではない」と明言。また「『リメンバー広島、長崎』と言い返したらどうか」との問いには、「そのように米国人に言ったことがある。しかし『日本も当時、原爆を開発していた。もし、先に開発に成功していたら、日本人は使っていたのではないか。そのことを考えてみるべきだ』と言われたことがある」と答えた。戦後70余年、日米関係は政治や経済分野にとどまらず、さらに日常生活の文化のレベルまで広く・深く考えていかねばならない、そんな感想を持った。(まとめ:齊藤)

出席者感想.1
 アメリカで快進撃を続けていた当時の日本企業へのバッシング手段として、必要以上に対日本企業セクハラ訴訟などが横行したことを、大江氏が現場発の感想として赤裸々に語られたのは印象的だった。
 一方で、私が先月12~13日にかけて、「日本女性会議in金沢」(内閣府男女共同参画局後援)に出席して、セクシャルハラスメントの分科会で伊藤詩織氏(英国在住ジャーナリスト。日本の男性メディア関係者から酒席の果てに性暴力被害に遭った―と主張)から次のような意見を聞いた。それは、日本の企業男性は経済活動とカネに敏感だから、当時、米国トヨタがセクハラ訴訟で何百億の賠償を支払わされたように、企業に巨額の賠償金で自覚させることが、セクハラへの意識を高め、止めさせる手段になるのではないか―というものであった。
 いずれにせよ、アメリカは宇宙開発でも何でも日本の20年先を歩んできたといわれるが、セクハラに対する対処も20年先を行っていたのだ、と思う出来事だ。
 また、大江氏は、先進国アメリカで駐在中、日米協会などを通じて広くアフター5に社会活動をされていたという。しかし、一方、途上国インドネシア赴任を夫と経験した私は、社会活動どころか、治安の不安から生活情報の収集や身の安全を守るのが第一だったことを思い出す。一昨年は、ジャカルタ市内の自宅に近いスターバックスで自爆テロがあったし、交差点でちょっと車を止めていたら、物乞いのギター弾きが窓に張り付いてくる…人種・宗教・レイシズム等の問題は、根深く難しい。大江氏からは米国駐在の自分たちが黒人に対し上から目線だったという反省を伺ったのだが、駐在員の妻である私には途上国の貧困や異教の壁には到底、答えを出せるものではなかった。
 海外駐在の経験が、先進国か途上国かによって、違った面が見えてくるのだと思う。
(永井るり子:本会事務局次長)

出席者感想.2
 10月の大江さんの報告は前回に比べて、アメリカ合衆国内の「本音」の状況がするどく語られた発表であった。大江さんに投げかけられた「ジャップ ゴー ホーム」のことば。また12月7日の「パールハーバの日」に書棚に投げ込まれた「真珠湾攻撃で炎上する戦艦アリゾナ」のコピー。私の知っている日系アメリカ人4世は、自分に「ジャップ」と声かけてくるヤツがいたら、悪気があろうがなかろうが、ぶちのめすという生々しい怒りを私にぶつけていた。彼のハワイに住んでいた親類縁者の2世は「すすんで」戦争に志願し、ヨーロッパ戦で功績をあげる。その「実績」を基にして、強制収容の違憲性を訴え、外国人土地法の撤回を求めて立ち上がった。外国人土地法が改正され、1952年には改正移民法が成立。日系人の先達の粘り強い活動が、大江さんのような日本企業が工場を持つことも駐在員を送ることも可能にしたことを想起させる。
 1990年代初めの日本企業への「集中砲火」的なセクハラ訴訟は、ある種それまでの日本企業のアメリカでの事業活動からも影響していたのではないかと思った。戦後の日本企業のアメリカでの事業活動は、日本からの輸出を補完するための商社機能が中心であり、日本の製品を扱うことを主眼としていた結果、本社からの派遣社員を主体とした人事管理を採用し、現地で採用した人々との間で格差が生じることは当然との風潮があったのではないか。日本企業が現地の従業員を採用するに当たり、1953年に締結の「日米友好通商航海条約」の「独自の選択」概念(一方の国が相手国で事業を行う場合、専門職や管理職の採用を自由に行える)で運用していった。1980年代の住友商事への女子従業員の訴訟は現地法人はアメリカ企業であるという連邦最高裁の判断でアメリカの法律遵守を迫られる。そして90年代のセクハラ訴訟で日本企業は訴訟攻撃を受けるわけだが、大江さんのお話からは、法律・人権的な「正論」よりはむしろ日本人のもとで働きたくないという嫌悪感・差別感に根ざしているのではないかと考える。そういうことからすればアメリカ合衆国は「平等」と「差別」がダブル・スタンダードで是認されている国であり、そういう状況の中で、大江さんが自らのビジネスを相手とのネゴシエーションで、一部失敗はありながらも成功を積み重ねてこられたのは相手の思考を見据えた粘り強い話のやりとりではないかと感じた次第である。
(森井雅人:大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

第31回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年9月)

「西日本豪雨災害 ―最前線はどう報道したか―」
発  題  者:平井 利彦氏(ひらい・としひこ)
コメンテーター:中尾 祐蔵氏(地域ジャーナリスト、元京都新聞編集委員)
司  会   :新村 章氏(本会副理事長、元KBS専務取締役)

今年の日本列島はまさに「災害列島」といえる。6月「大阪北部地震」、7月に死者255人を数えた「西日本集中豪雨」(気象庁名称「平成30年7月豪雨」)9月に観測史上1位の暴風を記録した「台風21号」と、わずか2日後の「北海道胆振東部地震」、そして本月例会当日は「台風24号」が沖縄付近に停滞し、列島縦断の予報が出ていた。こうした中で、平井総局長が、取材エリアで4人の犠牲者を出した西日本集中豪雨当日の被害状況と取材、その後1週間わたる復旧状況の報道や日常生活情報の提供などについて報告した。

 平井氏によると、7月6日深夜、宮津市内の土砂崩れで人が埋まっているとの第一報を受け取材を開始。ここから北部総局による「7月豪雨」の災害報道は始まった。7日は午前6時から、綾部、舞鶴両市など被災現地に飛んだ記者から「民家倒壊5人と連絡途絶」「家屋多数浸水」など情報が入った。夕刊のために、次々と現場から記者が吹き込む情報を総局デスクがパソコンで打ち原稿に仕上げた。綾部の土砂崩れ現場や福知山市街地の冠水状況を「ドローン」で撮影した。初の試みだったが「土砂崩れが民家をどのように飲み込んでいったのか」が分かる記録性の高い写真となった。刻々と変わる災害状況を伝えるため、「デジタル」担当デスクを置き、ネットの速報にも力を注いだ。本社のデジタル報道担当と連携し現場記者が撮った写真、動画を積極的にアップ、いち早く現状を被災者や読者に提供した。
 発災時の緊急報道がひと段落した後は、「取材テーマ」を決め、担当デスクと記者の配置を決めた。被害状況、復旧状況とあわせて、食料品の確保、災害ごみの処理方法、罹災者証明書の取り方といった緊急時の生活に役立つ「被災者目線」の情報提供に力を入れた。 コメンテーターの中尾氏は、1951年に亀岡市で発生した「平和池決壊」を取材した経験から「当時、住民300人のうち75人が亡くなった。生死を分けたのは何か」を考えている。避難情報が伝わったかどうか、避難情報を知りながら避難しない人をどうするかを、新聞も考えていくべきだ、とし「逃げて助かった人のエピソードの紹介」の重要性を指摘した。これを受けて、平井氏は「深夜帯は人が動かない傾向がある。今後、避難行動について検証作業を進めたい」と述べた。参加者から「情報伝達には電気が必要。車載バッテリーが役立つ」とのアイデアが出された。また、近年の大災害の遠因に地球温暖化がある、として「メディアは長期的な視点で(災害が多発する)背景や構造も伝える必要がある」との指摘があった。発題者、コメンテーター、参加者による「減災、防災」についての積極的かつ多様な意見交換は、災害多発時代を迎えて今後ますます重要になると感じた。(まとめ:齊藤)

出席者感想.1
 以前から私は学校を卒業した社会人こそ社内で出会う人たちのみならず、様々な方の意見や価値観と触れ合い相互に啓発しあうことが大事なのではないかと考えていた。そうして何か気軽に学べる所はないかと探していた矢先、京都新聞並びに『まなびすと』で「京都メディア懇話会」を知りました。開催場所が勤務先から近く、仕事終わりに参加できること、参加費が無料であること、老若男女誰でも参加ができること、何と言っても京都新聞等の京都におけるメディアの第一線の方が講師であることに魅力を感じ、今回、初参加させて頂きました。
 テーマは今夏の「西日本豪雨」、特に京都府北部での被害の実態や報道を考えるというもので、皆さんのご意見を拝聴していると改めて「集中豪雨」といわれる災害の多様な実相とそれへの各地の対応、現地で必要とされる情報が紙面を通して迅速かつ的確に報道されていること、そしてその難しさや必要性を学びました。様々な暮らしを営まれる方の考えを伺うことで、視野が広がればと考えています。
(C.K)

出席者感想.2
 「時間雨量100㍉」時代の超大型広域災害となった西日本豪雨(平成30年7月豪雨)は、大雨特別警報が11府県で発表されたことでも異常ぶりがわかる。体で感じた豪雨の怖さは、消えない。67年前の7月に亀岡で起こった「平和池(ダム決壊)水害」を小学2年生の時に体験した私は、「あの時とおんなじ雨の降り方や」と直感的に感じた。同時に「あの時」はラジオ時代で、情報欠如の不意打ち災害だったが、情報過多の「今」は、身近になった災害情報も避難行動につながらず、ハザードマップもいかされなかったという。
 なぜ、災害情報が避難行動に結びつかないのか。発信の仕方だけでなく、受け手にもその答えがあるのではないか。身近に体験していない災害には「自分のところは安全や」と思い込み、災害の備えが大事だといっても反応は鈍い。過去に災害体験した地域でも避難の行動を起こす住民は少ない―というデータもあるが、この無関心さを吹き飛ばすには、遠回りだが、手はある。災害情報も「量より質」だ。過去の災害で「逃げる」自主判断が生死を分けたケースを一人称で記録、「奇跡の生存」を災害伝承の中で伝えていくことだ。
 災害の実情を伝えると同時に住民の避難行動を育てる紙面づくり。災害の大型広域化が進む中で今回、土砂災害などで犠牲者が出た京都府北部で、どのような災害取材を展開したのか。平井利彦京都新聞北部総局長の報告で、ドローン機材の活用や生活情報欄の開設など受け手の読者にわかりやすい災害情報を紙面化し、読者のニーズにこたえる努力をしたことがわかった。また、目の前で起こっている異変から「避難する」自主判断をし、命を守った具体的なエピソードもおりまぜて報道。地域を巻き込んで、住民の「命を守る」意識づくりを迫る災害報道に手ごたえを感じた。「災害は忘れずにやってくる」時代を迎えた対応に期待したい。
(中尾祐蔵:地域ジャーナリスト・平和池水害伝承の会)

出席者感想.3
 京都府内の「西日本集中豪雨」について、京都新聞は、現地に駐在する限られた人員のチームワークを活かして、ともすれば危険を伴う現場取材、ドローンを使った撮影方法を駆使するなどの災害報道によって、自然災害の猛威を読者の目に焼き付けた。また、災害報道を一過性のものとせず、被災者目線に立った生活支援情報や災害に関する啓発記事を連載した。平井総局長の講演を通して、こうした報道の実情を知って共感するとともに、現場の苦労を実感した。
 自然災害において第一に優先するべきは人命・財産を守ることだと思う。今回の災害で「過去20回も避難の空振りを経験したにもかかわらず、家族が早めの避難を促し、91歳の母親を土砂崩れから未然に救った」との記事が紹介されたが、自然災害は予測不能な面が強く、前もって十分な対策・行動をとることが重要であると教えている。災害報道はもちろんだが、自然災害の課題と教訓を継続的に伝える紙面の重要性を物語っていよう。日本では、自然災害は避けることの出来ない課題である。新聞による災害報道は、備えのための情報と知識を与えてくれる。その活用が、災害から身を守る事にもなる。教訓、エピソードから学ぶ「災害文化」を伝えていくことがますます重要になって来る。
 これまで散発的だった集中豪雨が、このところ頻発している。その原因については必ずしも明らかにされていないが、地球温暖化が気になるところだ。温暖化を詳しく知ることの重要性も痛感させられた研究会だった。
(本会会員:小松昭)

第30回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年7月)

「トランプ政治の検証~現場を歩いて考える~」
発 題 者:渡辺武達氏(京都メディア懇話会会長、同志社大学名誉教授)
司   会:齊藤修(京都メディア懇話会理事長、元京都新聞社長)

渡辺武達氏プロフィール
同志社大学名誉教授、国際メディア・コミュニケーション研究学会(IAMCR)理事、日本セイシェル協会理事長。坂田記念ジャーナリズム賞選考委員長。セイシェル関連でのテレビ番組コーディネイター等。
編著書:『現代のメディアとジャーナリズム』全8巻(ミネルヴァ書房叢書、2009年)、『メディア用語基本事典』(世界思想社、2011年)、「防災読本」出版委員会『教育現場の防災読本』(京都大学学術出版会、2018年、共著)など。

第30回京都メディア懇話会では、本懇話会会長、同志社大学名誉教授の渡辺武達氏が「トランプ政治の検証〜現場を歩いて考える〜」と題し、米国現地でのインタビュー調査およびPew Research Centerなどのデータを用いた上で、「アメリカ社会」の現状について考察を行うとともに、「トランプ政治とメディア(報道)」について報告した。

 アメリカ合衆国を西海岸から東海岸を横断し、各地で地域住民にインタビューを行う中で得られたアメリカ社会の現状について説明があった。また、ジャーナリズムを専門とする著名なメディア研究者および政治学者との対談から得られた知見に加えて、Pew Researchによるデータを交えながら、トランプ政権に関して考察を行った。考察の中では、トランプの政策において、「現実無視で矛盾しているとされる政策」と彼の「暴言」に関して、何が問題視されているか紹介があった。加えて、メディア(報道)の社会的役割と責任について考えていくことの重要性について報告があった。渡辺氏によれば、メディアの重要な役割として、学校教育の補完と生涯教育への協力、論評と解説の提供、議論の場の提供などがあると論じた上で、大半は娯楽の提供が主になっている現状への危惧があるとの指摘がされた。 

 報告を受け、懇話会参加者からも様々なコメントが出された。そこでは、アメリカ政治に関するだけではなく、話の中で触れられた報道機関やジャーナリズムの役割に関して様々な議論が行われた。また、日本の政治と報道機関の関係、ポピュリズムなど多くの課題に関して活発な議論があった。それを受けて、テレビでの経験の長い参加者から、日本を中心として、報道機関や放送メディア組織が抱える問題についてもコメントがあった。活発な議論が行われたが、改めて報道機関と政治の関係、報道機関も含めたメディアのあり方について考えていくことの重要性が再確認できた。今回アメリカのトランプ政権が中心のテーマとなったが、必ずしも政治を専門としていないものの、メディアについて問題意識を共有する参加者が多く、政治とメディアの関係について自分の考えをあらためて考え直すユニークな研究会となった。(志柿浩一郎 記)

出席者感想1.
 トランプ大統領のアメリカは今、どうなっているのか。
 信頼できる米国・ピュー研究所の最新の世論調査データ、併せて北米横断1万キロ走破のなかで自ら取材した米国民の「生の声」―の紹介と分析。「鳥の目」と「虫の目」両面からのアプローチによって、トランプ政権下のアメリカの現状をあぶり出した。アカデミズムとジャーナリズムの両分野に通暁する、数少ないメディア研究者ならではの手法による、実に興味深い成果である。通常メディアからの情報だけでは「隔靴掻痒」の思いをぬぐい切れずにいたが、ようやく米国の「実相」に近づくことができた。そんな感想を抱かせる貴重な講演だった。
 この刺激的な講演に触発され、討議の時間に少し発言させていただいた。地方紙にかかわってきたものとして、あらためて「トランプ現象」について、及ばずながら、現時点での考えを整理してみた。
 トランプ氏は、歴代大統領のなかで特異な存在だろう。渡辺氏が指摘されたことだが、戦後、最大の経済力、軍事力をもつ米国の大統領は、同時に「世界のリーダー」としての自覚を持っていたと思う。だが、トランプ氏は、自国さえ良ければと言わんばかりに「アメリカ・ファースト」を掲げた。それだけではない。たとえば、米大統領選へのロシア介入疑惑では、身内の情報機関よりも、疑惑を否定するロシアのプーチン大統領に肩入れした。ここまで利己的にふるまった米大統領はいなかったのではないか。加えて、「フェイク」発言によって常に、世界を振り回す。新聞をはじめ、澎湃として起こるトランプ批判は至極、当然のことだと思う。
 ただ、こうしたトランプ批判とは別に、押さえておくべき大事なことがある、と私は考える。
それは―トランプ大統領の誕生は、それまでの政権に対する不平不満、とりわけ経済面における格差の固定化や現状のままでは貧困層に陥るかもしれないと考える人たちの怒りが民主的な手続きを通して表明された結果である―という「事実」である。
 トランプ氏への批判は選挙前からあった。その急先鋒は米国の主要紙であり、こぞって相手候補のヒラリー氏を推した。しかし、新聞の読みは外れ、米国民はトランプ氏を選んだ。多数派が、ヒラリー氏に代表されるエスタブリッシュメント(新聞もその一員と見られた)の手にあった政治権力を、真っ当な手段で奪い取ったのだ。
 後世、「新聞が敗北した日」と称されるかもしれないこの事実を、新聞はあらためて率直に認め、そのうえで、なぜそういう結果に至ったのか、を真摯に考えるべきだろう。そうした作業なしには、米国が抱える問題の本質は見えてこないし、トランプ後の米国政治のあるべきすがたも描き出せない。無論、トランプ批判を止めようというのではない。トランプ政権には、新聞の的確な批判、そして「ファクト・チェック」が不可欠だ。要は、どの問題に力点をおくかだと思う。
 先述のとおり、トランプ氏は、既存政権に批判的な有権者層に「経済面での希望」をうまく抱かせることによって、大統領選を制した。エマニュエル・トッド氏は「民主主義の国とは、国民を経済面で保護する国でなければならない」と語っている。民主主義国家アメリカ国民が求めるものは何か、トランプ氏の洞察力に驚かされる。とはいえ、ヒラリー氏と同じく富裕層の側にいるトランプ氏が、支持者との約束をどこまで本気で果たそうというのか。どこまで果たせるというのか。まだ半分余、任期を残しており、結論を急ぐべきではない。が、渡辺氏は講演で、トランプ支持者の中に「期待外れ」であることに気づき始めた人の「生の声」が紹介されていた。
 新聞が、だからといって、そうした支持者に「やっと気づきましたか」などと言えば、「あなたたちは私たちの声に気づこうともしなかったくせに」と逆襲されるのが関の山だろう。新聞に求められているのは、グローバリズムがもたらす社会の歪みといった問題の核心について、事実を積み上げ、向かうべき方向を示すことだと思う。
 ところで、トランプ現象について書き進む間に、日本の政治が二重写しのようになって見えてきた。集団的自衛権行使のために憲法解釈を変える。ないと言っていた資料が出てくる。それでも誰も責任を取ろうとしない。直近では、十分な議論もなしに働き方改革法案や参院の定数増の法案を多数の力に任せて通してしまう。各紙の世論調査では、これらの施策や強引な国会運営に反対の声が多数を占めているにもかかわらず、「経済面で期待できる」という思い込みからの支持だろう、安倍内閣支持率は比較的高めで推移している。政治家と有権者。国家と国民。その媒体としての新聞。購読者の減少に苦闘する今こそ、新聞がなさねばならないことはなにか。講演を通して、渡辺氏から根源的な課題を突き付けられた、と思ったことも記しておきたい。
(齊藤修:本会理事長)

出席者感想2.
 長年連れ添われた奥様とのアメリカ横断ドライブ旅行は、硬軟とりまぜてのユニークな観点の行程だったようだ。途中には、のどかなトウモロコシ畑もあれば、右翼の権化ともいえるジョン・ウェイン記念館などもあり、現代アメリカのあらゆる側面をご夫妻で見聞されたのが素晴らしい。私事で恐縮だが、一昨年まで私も夫の赴任先・ジャカルタにて夫婦で異文化を体験し、その感想を語り合った経験は、夫婦の価値観の共有という意味でも有効だったと思っている。
 現代アメリカにおける公的な世論統計などでは、経済界主導のトランプ路線賛成派が多数だが、一般市民の中には、シカゴの街で渡辺先生が直接生の声をインタヴューされたように、黒人の夫と白人の妻の組み合わせのカップルなどで、人種差別という観点からトランプ政権に不満を持っている人も潜在する。この様に庶民の声なき声に耳を傾けて来られた直接的な触れ合いの旅も社会学的に有効な手法だと思う。
 卒論の題材としてスタインベックの『怒りのぶどう』を研究され、今また彼の『チャーリーとの旅~アメリカを求めて』に倣いアメリカ横断をされたことは、初志貫徹の研究精神とともに、トランプ政権の軍事的・経済的暴走に物申す気概が感じられる帰朝講演だった。
(永井るり子:本会事務局次長)

出席者感想3.
 渡辺先生の現場主義に徹した検証の方策には、その真実を伝える臨場感、それと何といってもその情熱に感心させられました。2年に分けて西海岸から中西部のオマハ、オマハより東海岸のボストンへとドライブ。その間‘米国人の思考法と行動パターン’、‘知性が欠如したトランプ政治の現状’‘化けの皮が剥がれても、そのバカが維持される根本的な問題’をひたすら考え現場に答えを見つける姿は、世界平和を目指して公衆と共闘するメデイアのあるべき姿でもあると思いました。
 「‘民意’が投票結果に相関しないトランプ政権の怪」については面白い分析に興味を引かれました。投票者と有権者の自己表出ギャップ(Self-Expression Gap)つまり倫理と現実欲求行動との格差について語られました。
 アンケート調査によると、オバマ元大統領の支持がトランプ現大統領の2倍あるにもかかわらず選挙ではトランプに投票が集まる。‘あいつだったらいつか金を儲けさせてくれる’という期待を抱く人々。それだけではなく、企業労組の弱体化による選挙に力を持たない労組(低・中間層)も共和党の口の悪いガンマンに期待を寄せるという構図。
 更に一般的に社会的地位があり、教養のある福音派の人達、それに加えユダヤ人社会がトランプ氏を圧倒的資金でもって支持する基盤があるという事実。そういえば、アメリカでカジノホテル相手にMr.Xと商売をしていた私の友人から、「カジノホテルの大物Mr.Xとトランプの間で、日本のIRについては既にシナリオができている」云々の話を聞かされましたが、これはフェイクでしょうか?
(大江正彦:本会会員)

出席者感想4.
 トランプ政権が誕生して1年半余、この秋の中間選挙でその評価が下される。一期だけの大統領になるのか、それとも再選される可能性があるのか。世界の政治、経済にとって大きな関心事だ。
 世界における民主主義国家の代表だと「自任」するアメリカが、自国第一主義を唱え他国との摩擦を大きくし、国内でもその政治手法に問題ありとされてきたトランプ氏を大統領に選んだ。アメリカ大陸横断の旅を通じて、彼を支持するアメリカの社会と市民の生の声を聞いた発題者のフィールドワークは、トランプ政治の現況を知る上で核心を突くものだった。今回の大陸横断は、スタインベックが“チャーリーとの旅”で、アメリカ一周の旅での人との触れ合いを通じてアメリカを再認識しようと試みたことに触発され、実行されたとのことであり、これはトランプ政治のいわば「現場検証」である。
 トランプ大統領が支持される理由に「経済政策」がある。政権下で株価が上がり、雇用が増え、減税も実施されている。その成果を享受しているアメリカの市民が少なからず存在する。日本でも順調な雇用を背景にして、自民党を支持する若者が見受けられる。民主主義と経済との関係は日米双方に共通するのだが、経済第一だけでは政治を市民から遠ざけることにもなる。
 トランプ候補が大統領に選出されたのは大統領選出方法の特異性にもあり、とくに今回は投票者の多数による選出とはなっていない。同様に、日本の政治でも、政治に対する無関心を逆手にとった形で、自民党の政権継続がある。参議院の議員定数増の法案やIRカジノ法案の成立は、メディアの世論調査に表れた民意を無視した最たる例だといえよう。
 一定規模以上の政治では代議制を採用せざるを得ないから、選挙とその制度はきわめて重要である。しかし、選挙が必ず民意を汲み取っている、とは言い難い。しばしば選挙結果と民意とが乖離しているように感じる。政治の主人公は国民であり、投票した有権者の意を汲んだという形式で選ばれた人が代行するだけである。政治家はそのことを理解していないのではないか。
 トランプ大統領を誕生させた裏にはロシア疑惑、トランプ氏自身の人物評価、フェイクニュース、情報操作などの巧妙な騙しの構造があり、しかもそれらはウェブ時代を反映するものだ。そのように考えると、正確な情報と知識を市民に届けるという意味で、ますますマスメデイアの社会的役割と責任が問われることになる。アメリカはメディア社会の先頭を走っている面があり、情報を送る側と受ける側を正確に分析するのもアメリカを知る有力な手掛かりになる。
 今回の発題者は、メデイアの社会的役割と責任について9項目を挙げられた。そのなかで、とくに第4項目「学校教育の補完と生涯教育への協力」に私は注目する。教育を通して、社会を見る目を養い、教養を高めることで、問題を理解し解決に導く能力を備えることが大事だと思う。制度としての学校教育を済ませたあとは、メデイアが「教育者」の役割を果たすしかない。
 政治、政権の継続性の観点からすれば、トランプの政策は現実を無視したものになっている。環境に関するパリ協定、TPP協定、イラン核合意からの脱退などがとくにそうで、国際協調を乱すものである。アメリカファーストは中国との貿易戦争を招き、友好国との貿易摩擦は世界経済と秩序の破壊につながってこよう。
安倍内閣は、トランプ大統領のアメリカとの同盟関係を強調するが、日本の思いとアメリカの思いは一致していない。米朝首脳会談に際しても、アメリカは日本に対しては真の同盟国としての扱いをしていないし、北朝鮮、日朝関係の現実を理解してもいない。北朝鮮がいくつかの国際的な約束を反故にしたことを咎めることなしに、新たな合意などあり得ない。さる6月の米朝首脳合意は外交得点として中間選挙に反映させる程の内容でもないし、民主主義国家が北朝鮮の独裁政権を容認すべきではない。
 民主主義国家のアメリカの実相は色々な矛盾の集合体であり、世界一の軍事力と経済力を背景にして国際政治で指導性を発揮しているだけだ。あらゆる国家は実質的にその国民が支えている。アメリカを直接的にも間接的にも支えているのはアメリカの市民だから、トランプ政治に異議を唱えているアメリカの人びとを考察することは、伝統あるアメリカ民主主義の今を知るのに役立つ。それにはまず現場を見て歩くことから始めることしかないと、この日の講演から確信を抱いた。
(小松昭:本会会員)

出席者感想5.
貴重なお話、ありがとうございました。初参加でしたが、委員の方も僕の質問に真摯に向き合っていただき、とても嬉しかったです。新聞テレビ離れが加速する今、改めてネットとの共存を1考えてみたいとおもいます。
(山縣悠:同志社大学社会学部3回生)

第29回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年6月)

「政治は燕の巣である。~地域の代弁者としての発信策~」
発  題  者:中野 洋一氏(京都市会議員)
コメンテーター:高田 敏司氏(京都新聞社編集局政経担当部長)
司     会:新村 章氏(京都メディア懇話会副会長、元KBS専務取締役)

中野洋一氏プロフィール
1969年(昭和44年)生まれ。1993年 京都ロイヤルホテルに就職。前原誠司衆院議員秘書を経て、2007年 京都市会議員初当選。2015年 京都市会議員選挙3期目当選。教育福祉委員会所属。予算決算特別委員会副委員長。


 中野氏は、議員の仕事として重要なことは、有権者と行政の間で様々な情報を共有し、いかにニーズに応えていくかであるとし、日常的な議員活動の具体例を挙げながら、市議としての考えやあり方について報告を行った。

同氏は、これまでの活動の成果と実績を話したうえで、有権者との間でどのように情報共有しているのかを説明した。議会が開かれてない時の議員活動について問われることが多いために、日々の活動を「カレンダー形式」にまとめて分かり易く情報を提供していること、また、情報発信に関してはホームページやフェイスブックなど各種SNSを利用し、併せて紙媒体である広報紙も活用していることなどをあげた。同時に、一方的に情報を送るだけにならないように、支持者と直に顔を合わせる「語る会」を開催し、支持者からの意見に耳を傾けている点も強調した。
同氏は、こうした日常活動の中で気づいた、今日的な行政課題の実例として、国内外からの観光客の増加によって生じた「民泊(常駐者のいない民泊)」と「公共交通機関(日常的に利用している住民が乗れない市バス)」をめぐる問題を取り上げた。とくに、同氏の選挙区である東山区には有名な観光社寺が多く、以上の2つの問題は深刻で、自身が問題解決に奔走したことについての説明があった
演題の「政治は燕の巣である」については、「親ツバメは声の喧しいヒナに餌をやっている」と述べた上で、政治はまず声を上げることであり、だから、有権者は声を上げてほしいし、その声をメディア(この場合は報道機関)に拾い上げてもらいたい、と解説した。

中野氏の報告を受けて、コメンテーターの高田氏は、観光の現状について、今や「観光公害」だとし、乱立ともいえるホテル建設や民泊の問題について、考えを訊いた。また、地方自治体は「二元代表制」であり、首長と議会が相互に緊張関係をもって市政を運営していくことが求められているが、どう考えるか、とも質した。中野氏は、市長を推薦し応援したなら、責任をもって市長をコントロールするべきで、推薦の責任は重大であるとの見解を示した。

参加者からは、情報共有だけでなく、議員活動を通して見えた課題についても質問が相次いだ。京都は学生が多いが「市政」を進めるうえで力になるか、との質問に、中野氏は、京都市外の学生の多くは住民票を移していないため当事者意識が薄い印象を受ける、と評し、他人事もいずれ自分の事になるという意識でさまざまに事情を考える学生になってほしいなどと語った。司会の新村氏からは、議員としてのメディア戦略についての問いかけがあった。
全体を振り返って、地域行政に関する情報共有の仕方、地域行政と地域に住む人たちを媒介する報道機関を含めたメディアのあり方について、あらためて再検討することの重要性が再確認されたと考える。(まとめ:本会事務局長・志柿浩一郎)

出席者感想1.
 京都市政のために、真摯に向き合っておられるお姿がさわやかだった。そして如何に市民にわかりやすく、京都市に起こっている問題を提起し、解決に向けて行っている道筋を「見える化」することを旨とされている姿勢が印象的だった。
 特に昨今の民泊問題の解決は、住人の課題の急務であるが、タイムリーにも懇話会翌日にNHK情報番組「かんさい熱視線~沸騰!KYOTO争奪戦~ホテル開業ラッシュの光と影」が放映されていた。路地などに住む旧来の高齢住人の不安の声が上がっていることを報道しており、本当に気の毒だ。土地・建物を路地ごと買い占めた中国人が、路地のネイミングも中国風に変えてしまおうというのだから、京の街はどうなっていくのだろうという、お年寄りの不安もうなずける。
 さて、デンマーク等のエネルギー政策の視察にも行かれた中野先生は、どこぞの自治体で視察報告書を一字一句同じようにコピペした議員らとちがって、ご自分なりの意見として、北欧に倣ったバイオマスの利用を訴えておられる。バイオマス発電は送電するにも中小の地方企業ではインフラ整備が難しい。またストーブなどに使う木質ペレットにしても現状として国内産の方が高くつくが、それでも助成金を入れて国内産のペレット使用を断行すべきとの力強い提案も政治家としての潔さを感じる。
 中野先生には、これからも地域に根差した政策提言を期待していきたいし、情報の可視化こそメディアの役割以前の政治家の役割だと思う。
(永井るり子・本会事務局次長/京都光華女子大学非常勤講師)

出席者感想2.
 司会の新村さんの紹介によって、中野氏が関東出身で、京都生まれの市会議員ではないと初めて知り驚きました。京都出身でない方が東山区のような古いまちで市議に選出されるというのは、本人の並大抵でない努力の積み重ねがあったと思います。
 京都で強い前原誠司衆議院議員の秘書をされての人脈、政治活動が支えになったと思いますが それだけでは票は集まらないと思います。
 市会議員としての活動内容や日程を拝見しますと、市民生活第一の、地元に密着した活動に専念しており、政党による違いなんかはほとんど感じられませんでした。 
急増している外国人観光客による問題
①常駐管理者のいない民泊施設が増えての問題
②乗れない・降りられない市バス対策への問題解決等
また、地元住民と密着した ”中野洋一と語る会”等における問題の聞き取りなど具体的な改善策を一歩一歩前進させているのが良くわかりました。
 2015年11月の月例研究会の発題者、北神圭郎氏(現京都府選出衆議院議員)の時もそうでしたが、PCによるパワーポイントでの写真、資料の掲示による説明ではなく、口頭による肉声と紙の資料による説明が印象的でした。
 これは、人間とはPCの映像よりも、現代を語るには実際の顔を見ての肉声によるコミュニケーションの方が効果的である、と知っておられるからと思いました。
(寺森 義信・本会会員/元貿易商社員)

第28回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年5月)

原爆と細菌戦~京都の軍事研究資料を探って

発 題 者:岡本晃明氏(おかもと・てるあき)
コメンテーター:永井るり子(京都光華女子大学非常勤講師)
司      会:齊藤 修(当会理事長)

岡本晃明氏プロフィール
京都新聞社編集局社会担当部長。1992年入社、社会部、論説委員を経て現職。重度障害者の在宅生活を追い、2006年度の新聞協会賞(編集部門)を受賞した連載「折れない葦」取材班キャップ。連載「揺らぐ平和と記憶 米軍Xバンド基地から」取材班で第22回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞、湯川日記と軍学共同研究の取材班で第25回坂田記念ジャーナリズム賞。

   

 岡本氏は、京都新聞が昨年11月24日付1面で報じた日本初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士の戦時中の「日記」をめぐるスクープ記事と、その後の連載「古都・象徴・平和」(全5部)―旧満州で生物兵器開発のため人体実験したとされる731部隊や、被爆者の解剖データなどを追った―を担当した取材班の責任者。これら一連の記事を記者として世に問うた「意図」や取材の裏側などについて話した。

 岡本氏は冒頭に、昨今、出所不明のフェイクニュースが重要な政治判断に影響を及ぼす時代になっていること、あるいは、日本の現政権下で公文書の改ざんや廃棄が平然と行われている現状に危機感を抱き、新聞記者として「一次資料で確かめることが重要な時代になっている」との強い思いから一連の取材を始めたと、まずその動機を明らかにした。「日記」をめぐるスクープ記事は、京都大の原爆研究「F研究」に湯川博士が関与していたことを自ら言及した記述を初めて公にした。岡本氏は、京都大の医学研究者が多数いる731部隊の人体実験などを検証した記事も紹介し、これらの事実は、秘密裏に進められる「軍事研究」と「公開・平和利用」を掲げる科学者の倫理との衝突を語るものだ、との認識を示すとともに、今も防衛省や米軍の研究者募集に応募する研究者が存在している例をあげ、極めて今日的問題であると指摘した。

 終戦直後に、官僚らの手によって大量の公文書が廃棄されたことは知られているところだが、岡本氏は、当時の教授会(1945年8月25日)の内容を記した湯川博士自筆のメモにも「機密書類の処理」など文部省の指示が記されていることを紹介。権力の都合で、重要な歴史資料が消されていく事態が、今日なお続いている現状も厳しく指摘した。また、公文書の保全が行き届く米国の事例を紹介して、日本の公文書館の整備、充実の必要性を強調した。このほか、米国が、かつて米軍が持ち帰った被爆者の組織標本を1973年に京都大へ返還したが、その際「広島のものは広島に。長崎のものは長崎に」の原則を伝えたという。しかし、それら資料は今も京都大にある。患者や子孫が暮らす地域へ戻され、研究に活かされることで、意味ある成果が出現し、そこに地域ジャーナリズムの役割も出てくる、と述べた。

 コメンテーターからの「湯川博士が原爆投下を知っていたのでは」との質問には、データを示し「可能性は少ないだろう」答えた。会場から「学者やジャーナリストは、ここだけはやらない、という歯止めを持たねばならない」との意見。さらに、一連の報道の中で、従来の新聞記事のスタイルと異なり、取材過程をも赤裸々に報じていることについて、「社会科学的な誠実さを感じる」とする評価があった。(齊藤修、本会理事長)



出席者感想1.
 昨今のフェイクニュースや、噂話ないまぜのSNSが横行する社会の中で、岡本氏はジャーナリストとして丹念なる取材を蓄積され、此度の坂田記念ジャーナリズム賞受賞につながったことには敬意を表したい。しかも京都の地方紙としての地の利を生かされ京都大学周辺の取材を文字通り足で稼がれたことは、限られた取材費・取材範囲の中での御苦労も多かったことと拝察する。更に、できるだけ一次史料を中心に解析され、自ら英文の史料も翻訳しつつ理解を深めていかれるなど、史料を取得した後のご努力も相当の物だったと思う。他の権力組織と同様、京大や湯川氏の周辺関係者がすべての史料を開示するはずもなく、記事には出ていないが、度々断られたご経験や挫折、落胆も相当味わわれたことだろう。

 岡本氏が示されたように、戦中の日本軍731部隊の人体実験、京大によるアイヌの人骨持ち帰り事件、米軍によるヒロシマ・ナガサキ被爆者とそのご遺体への実験などから直近の全国における障がい者強制不妊処置に至るまで、研究者の傲慢ともいえる所業は、数々存在する。しかしこれらを一言で、科学者による人権侵害や驕りという事だけでは片づけられない、もっと他にも何かがあるのではないか、岡本氏が投げかけられた疑問こそ、今後ジャーナリズムが本質的に追究していくべき重大な課題の一つだろう。先日亡くなった元・毎日新聞記者の岸井正格は、昨今の「科学技術への確信」と「経済至上主義」の崩壊を指摘し、メディアは権力を監視し市民にこれらを分かりやすく解説することを使命とすべきと言っていたが、それにプラスして権力を握った者(岡本氏の取材においては〈功成り名遂げた〉科学研究者)がどのような思考を持ったかを丁寧に分析していく調査報道もまた新聞ジャーナリズムの使命だろう。湯川博士の最後の弟子・森一久は、物理研究者でありながら自身のヒロシマ被ばくの経験も生かして、湯川の勧めもあり、中央公論社記者になった。裏面に隠されたそうした構造のウォッチと共に、研究者の意図や心理を解明するジャーナリズムが待たれる。一方で湯川博士が意外と俗物であったり、養子先の強大な経済力に支えられて研究に没頭できたことなども、片隅の縁辺のこととはいえ、実相を浮き彫りにしていく手法の一つしても個人的には興味がある。勿論、地元・京大で神格化されている湯川氏の暗部や醜い部分を暴くことは、容易なことではないのだが。

 ところで学者の家系育ちの湯川博士は幼時より漢文の素読をされたというが、湯川の兄・貝塚茂樹、弟・小川環樹なども含めた京大・東方研(現・人文研)の東洋史学者、科学系だけでなく人文系の研究者らの足跡も辿ると面白いと思う。東洋史学における「陽極まりて陰となる。陰極まりて陽となる」という陰陽二元論などは、湯川の宇宙哲学・戦後の反核への転向などにも通ずるところがあるからだ。今後の岡本氏のご活躍をお祈りする次第である。
(永井るり子、本会事務局次長/京都光華女子大学非常勤講師)



出席者感想2.
 公益財団法人坂田記念ジャーナリズム振興財団のホームページ冒頭には「我が国の将来は、あなた方の双肩にかかっています!」とある。記者だけではなく営業関係者を含めたメディアワーカー全体への願いを込めた呼びかけがある。京都新聞岡本記者らによる今回の坂田賞受賞連載にはメディアは何が出来るかという面からその期待に応えるものであった。「好きな時に好きな情報を送受信できる」と錯覚させられることで情報内容検証の機会を奪われ、それが人びとのマスメディアへの接触時間の減少となっているが、そのこと自体はM.マクルーハンが1960年代にすでに指摘した「メディアはメッセージ」、ついには「メディアはマッサージ」という、内容よりもメディアの種類そのものが情報内容を規定するということの実証でもある。加えて、一部のメディア機関と関係者にも経営健全化のためと称し、その本来的責務を軽視する言動がしばしば見られる。しかしそれでは日本新聞協会倫理綱領や放送法の目的条項が泣く。坂田財団の活動は現実の流れにいくばくかの異議を唱えながら社会的真実に肉薄しそれらの価値評価とともに伝え、人びととの意見交換をするといったまともなジャーナリズムを支援したい。幸いにしてマスメディア内部からも現況に異議を唱える自律的な活動が通奏低音として繋がりつつある。その一つが岡本氏らの仕事であると私たちは注目し応援していきたい。

氏らのこれまでの坂田賞受賞作品には「揺らぐ平和と記憶 米軍Xバンド基地から」(第22回)、そして今年の「湯川日記と軍学共同研究」(第25回)などがあり、当該地方紙の直接販売地域で起きている(起きた)事件/事象を過去の歴史(縦軸)と現在(横軸)とを文字通り縦横に組み合わせて立体化できるジャーナリスト集団をリードされ、読者に伝えてこられた。前者の現場は京都府北部の若狭湾に面した経ヶ岬(きょうがみさき、京丹後市丹後町)で、対北朝鮮防諜活動として米軍に自衛隊が協力する「米軍Xバンド基地」建設の予定地である。坂田賞贈賞を決めた後、私はその自衛隊基地を見に行った。基地の右側(東)に神社があり、参詣者としてそこから基地をうかがおうとしたがすぐ監視員が出てきて誰何(すいか)された。

なるほど、平和の時代でも「軍事化」過程とはこういうことなのかと実感した。今年の受賞連載は戦争末期に湯川秀樹などまでが取り込まれた軍の命令と研究費補助が今また全国の学者・研究者への懐柔策として使われつつあることに警鐘をならそうとするもの。日本の敗戦前後に、それまで政治と軍事がメディアと一体化して実行してきた多くの悪行の証拠(書類や実験データ)が侵略した外国の中国や朝鮮の現地だけではなく、日本国内でも軍幹部の命令で大急ぎで隠匿、焼却されたりしたことを思い出させた。そのやり方の一部がモリ・カケ、海外派遣の自衛隊関連文書の「改ざんとウソ、隠蔽の連鎖」として現在も起きていることに私たちは鈍感になってはいけない。じじつ、政経権力(政治と経済の権力)の悪行構造は教育界にもいきわたり、その典型が日大アメフトの危険タックル事件で、「当該学生」にはその犯罪命令者に逆らえないという旧軍隊のそれと類似のものであった。

今回の岡本氏らの仕事はそうした一連のことが現在でも起きていることを戦後、ノーベル賞受賞と平和活動で一般にも知られるようになった湯川秀樹が戦争中、軍による原爆開発研究に従事していた事実を本人の日記から論証した見事な仕事、つまり権力者側からはとても危険な連載であり、そこにジャーナリズムの精神を失うまいとする覚悟を感じた。(渡辺武達、本会会長、坂田財団審査委員長)

第27回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年4月)

選挙報道の現場で思うこと~地方紙記者として

発 題 者:澤田亮英氏(京都新聞社報道部記者)
コメンテーター:薗田眞紀氏(KBS報道部長)
司  会:齊藤修氏(「京都メディア懇話会」理事長)
   

 発題者の澤田氏は記者歴21年。主に行政・政治を担当し、国政、地方選挙の報道に数多く携わってきた。近年、いずれの選挙も投票率が低下傾向にあるが、同氏は、4月8日の京都府知事選挙を素材に、「有権者に届き、選挙への関心を高める選挙報道のあり方」について試行錯誤している現状について話した。

 新聞の選挙報道は「候補者間の公平な扱い」にとらわれるあまり、立候補表明➡支持政党の組み合わせ➡政治課題➡候補者の人物像➡世論調査➡投票結果と選挙解説…というパターン化した紙面に陥りがちである。澤田氏は、こうした硬直した前例主義の報道が有権者の関心を削ぎ、低投票率を生む要因になっているのではないか、との問題意識から、有権者の側に立った報道に工夫を凝らしてきた、という。4月の府知事選は、西脇隆俊氏(自民・民進・公明・立民・希望推薦)と福山和人氏(共産推薦)が立候補政した。党レベルでは9回連続の「非共産対共産の構図」であり、16年ぶりの新人対決のも関わらず、当初から低投票率が懸念された。

 澤田氏は、福山候補が従来の候補者と違って「府政批判一辺倒ではない」との分析から、「過去の対決構図とは異なる」点を強調して報じたこと。そうしたことが逆に対立点の明確化を難しくさせ、有権者に分かりやすい「争点」づくりに腐心したことなどを紹介した。同時に、「争点の設定」には、日常的な取材における記者の問題意識が重要であるとし、来春の統一地方選に向けても日常取材を大事にしたい、と述べた。このほか、ネットの選挙への影響にも触れ、LINEニュースでは府知事選報道がほぼ皆無で、「ネットは投票率アップにつながっていないのでは」との感想を述べた。

 コメンテーターの薗田氏は「どんな声、表情で政策を訴えているか」など候補者の人柄を肌感覚で有権者に伝えるという、テレビの特性を紹介。BPO(放送倫理・番組向上機構)は選挙報道における「質の公平性」を求めるが、実際には難しい課題があり、候補者間の放映時間の公平といった「量の公平性」に向かいがちな現状を話した。

 会場の参加者からは「有権者の判断材料となる争点報道は必要だ。現状への批判勢力に取材することで争点をあぶりだせないか」などの意見が出された。京都メディア懇話会の渡辺会長から、選挙報道に求められる「中立性」は大きなテーマに10の意見があれば、5や6(中程あたり)にまとめることではなく「本当のところは何処にあるのか、ということにできる限り近づくことだ」と指摘。「選挙報道と中立性・公平性」をめぐる更なる議論を促した。(事務局:齊藤修)

出席者感想1.
 選挙結果よりも投票率の低さにがく然。この4月8日実施された京都府知事選で、35%という低投票率に対し、取材された澤田記者は「自分の取材努力に空しさを感じた」、と率直に心中を語られ、この現実について、「今までの選挙戦を伝える記事の内容、取り上げ方に、新聞を読まなくなってきている昨今の有権者には興味を引かないものになっているのではないか」と謙虚に反省されていました。そして今回の経験を通じて、「選挙の紙面に何を書く必要があるのかが分かってきた」とされる中で、「有権者の興味を引くためには、選挙記事をより有権者に身近なものとして取り上げる」という必要性を紹介されました。その為に、たとえば社会面に大衆の興味をそそる内容として取り上げる、というアイデアを示されたのには共感を覚えました。ご存じのように今は一面に掲載され、読者を遠のける硬さがあります。今回の話を聴き、投票率の低下、又有権者の興味低下という状況に対し、新聞記者である澤田氏が、今までの、硬さの残る報道の在り方を反省し、いかに興味あるものにするかを真剣に考え、工夫し、実行されようとしている態度は私を嬉しくさせてくれました。ここに新聞記者としての氏の存在価値を見つけたものです。(会員:大江正彦)


出席者感想2.
 4月8日の京都府知事選挙は35.1%の投票率で、新聞はこの低投票率、また自らの購読者減少に直面している。その使命は有権者に有用な情報を伝える事であり、今自らが試行錯誤しながら創意工夫を図る必要に迫られている。その基本は現代の情報化社会であっても変わることはない。

 京都府政は既に昔の革新府政から保守・革新の一部政党の相乗り対共産党を中心とした市民団体候補の対立構図になって来ている。この様な背景を適切に説明し、各候補者の政策と考え方を多角的に有権者に伝えるのが新聞に与えられた役割と使命だろう。中立性を必要とする新聞メデイアの責任は京都府民がどんな問題を抱えているか、どんなことを知りたいと思っているか、また何が問われているかを的確に把握して、紙面を使って府民に伝えることであるはずです。

 記者にとってはそのような意図が記事化できたかどうか、読者の視点からはそれで十分だろうかという検証も必要だろう。つまりただ単に伝え、伝えられる関係だけではなく、その記事がどのような特徴を持ち、どこに問題があるのかの反省があれば、新聞はより大きな責任が果たせるだろう。もともと新聞を購読する人たちはそうでない人たちよりも社会問題に多少なりとも関心を持っている筈である。しかし、まだまだまだ多くの人が地方自治・政治が自分たちの生活にどれほど大きな関りを持っているかを知らないままで投票するのみになっているかもしれない。投票することは自分たちの社会運営に参加するということであり、民主的国家運営への参加特権である。だが、投票率の低さはその特権の放棄でもあり、そうした状況を招いていることへの新聞の責任がないわけではあるまい。これは民主主義が「与えられた」のすぎないと人びとが考えているからもしれない。しかしおそらく新聞購読者の投票率は無読者にくらべて高いと想像される。

その一方で、記事を通じて選挙の意義を訴えても、それが選挙期間中だけであれば、一過性で終わってしまい、次回選挙でも同じことが繰り返されるであろう。それを避けるために新聞にできることがある。選挙に当選した府知事が如何に地方行政に携わっているかを選挙の公約に照らし合わせて定期的に読者に伝える事もその一つだ。対立した相手候補の政策が府民の為になる事も考えられるから、新聞は相手候補に投票した人たちのことも考え、継続した記事を書くことも有用だろう。

 身近な地方自治を疎かにしておれば、おなじことが国政選挙とその結果にも類似のことが起きます。府知事選での低投票率と新聞購読者の減少はきわめて残念なことでありますが、そのことによって新聞媒体の持つ意味は低くなることはない。選挙報道に携わる記者は大事な地方首長選挙をどの様に効果的に取材して、府民が意義ある投票行動の参考にでき、同時により多くの読者を引きつける記事を提供出来るかを模索してほしい。選挙、政治報道は民主的な政治を行う上での最重要事項ですから。(会員:小松昭)

第26回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年2月)

若者の性意識と性情報リテラシー

発題者:小川真知子氏(NPO法人SEAN 理事長)
コメンテーター:齊藤修氏(「京都メディア懇話会」理事長)
司会:永井るり子氏(京都光華女子大学非常勤講師)

 第26回京都メディア懇話会では小川真知子氏(NPO法人SEAN 理事長)が「若者の性意識と性情報リテラシー 」と題して、自身のこれまでの活動に基づいて日本のメディアの性表象のあり方の問題点について論じた。
 冒頭でNPO法人SEANのこれまでの活動について触れたのち、小川氏は過去に放映されていたCMを事例として「性別役割分業」の価値観が日常生活で触れるテレビCMにどれだけ巧妙に組み込まれているのかを示した。小川氏によれば、洗剤のCMでは多くの場合において洗剤の利用者は主婦である一方で、洗剤の科学的情報を解説するのは男性のアナウンサーであるという。さらに小川氏は、地方自治体が女性性の商品化を無批判に取り入れている事例を紹介した。小川氏は、テレビや地方自治体だけではなくメディアの発展により、子どもでもスマートフォンなどで簡単にポルノにアクセスが可能になってしまっている深刻な現状を指摘したうえで「子どもの問題は社会の問題、社会の問題は国の責務」であると述べた。
 小川氏の発題を受けて、コメンテーターの齊藤修氏(「京都メディア懇話会」理事長)は、「男社会」の新聞社の視点から性にまつわる報道の問題点について語った。齊藤氏は、新聞社では「レイプ」や「性暴力」などの事件を報じる際にも「女性に乱暴をした」というような「曖昧な表現」を用いる傾向が強かったが、この「曖昧な表現」が性犯罪の深刻さを隠蔽してしまうことにも繋がる可能性があると指摘した。また、新聞社には性被害などを専門とする記者がきわめて少ないため、この分野の記者を育成する必要性を述べた。さらには、性的少数者(マイノリティー)の報道ついても新聞社にはまだまだ課題があると述べた。
 報告とコメントを受け、会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。ある就職活動中の女子学生の参加者は、就職活動をすることで自身が「女性」を意識せざるを得ない日本社会の構造について述べたうえで、マスメディアによって強調されがちな「女性性」の問題点を指摘した。また他の参加者からは、マスメディアで働く職員のいびつな男女比といったマスメディアの構造の問題点に関する指摘もなされた。活発な議論を通して、日本のメディアにおける性表現の課題が明らかになった。(事務局長:阿部康人)

出席者感想1.
 学業との両立のため長らく会活動に参加できませんでしたが、今回復帰できたタイミングでこのような自身に近い議題について講義いただき、大変ありがたく思っております。小川先生はテレビCM等の大衆向けメディアから、少女漫画のような若年層特有のメディアにも考察をなされており、狭い領域のみ引用してジェンダーフリーを訴える活動家の何倍も説得力を持っていらっしゃいました。性別役割分業の問題は正解を見つけるのではなく、議論を重ねることに意味があるのだと思います。小川先生の活動を知って、私も一女性として議論に参加する責務を感じたとともに、説得力や整合性のある意見を持てるようになりたいと考えました。また、性とメディアは日本古典から関係を続けていますので、いかに悪質な性情報の流出があっても関係を根絶することは不可能です。ですから若年層の性情報取り扱いについて、大人が教育を施すべきであると考えます。今後性情報の取り扱いをタブー化するのではなく、社会全体で倫理観を養っていけるよう、メディアの在り方にも責任が問われるのではないでしょうか。
(同志社大学文学部3回生 坂口比奈)

出席者感想2.
小川先生の講義を整理していて、小生の頭に浮かんだのは、フランスの哲学者ボーボワール(サルトルと契約結婚)の著作「第二の性」(1949年発刊)に書かれていた一節「人は女に生まれない。女になるのだ。」(原文:On ne naît pas femme on le deviant.(英訳: One is not born but rather becomes a woman.)が浮かび、そして先生の発題から想像もしない「女性蔑視」の課題が胸に刺さりました。まさに蔑視された側が声をあげることの重要性を知りました。「ムチでたたかれた側が声をあげないとその痛みは伝わらない」からです。さて、新聞界が男世界であるのと同じように放送界も男社会ゆえに男性目線優先が生じたのには、次の理由からではないでしょうか。放送は「マネー(資本)・ハード(放送機器)・ソフト(人)」の3点がそろって実施されるメディアであることは周知のことです。この三要素の中で「放送機器」を操作するのには体力が必要なのでした。例えば、ENGカメラは約8キロ、スタジオカメラケーブルは数キロ、照明機器は一個数キロ以上です。さら女性は「電気と機械」に弱いという決めつけから男が優先されていました。今日のデジタル機器普及で放送機器は軽量化しましたが・・・。そして、放送は24時間稼働産業ゆえに女性には肉体的に不向きの世界ということになり、「男性優位=目線」になった面もあります。小生の新人AD時代のことですが、着替え中の女性モデルに出番を知らせに行ったとき、楽屋入口で「下を向いて」告げたところ、彼女のマネージャー(女性)から「下を向いて話すのは、モデルに対して性を意識しているからです」「ポンと背中をたたくぐらいの方が良いのよ」とのアドバイスを受けました。若い頃、小生も煩悩脱却に苦しんだものです。最後に、「男と女の間には深くて暗い河がある。誰も渡れぬ河なれど エンヤコラ今夜も舟を出す」(「黒の舟唄」、作詞・能吉利人、唄・野坂昭如)。(本会会員:土田弘)

第25回京都メディア懇話会月例研究会報告(2018年1月)

私がアメリカで実践したビジネス・コミュニケーション
発題者:大江正彦氏(元アメリカ松下電器勤務、同志社女子大学嘱託講師)
コメンテーター:土田弘氏(元京都放送勤務、同志社大学嘱託講師)
司 会:寺森義信氏(元貿易商社員)

   


 今回の懇話会では大江正彦氏(元アメリカ松下電器、同志社女子大学嘱託講師)が「私がアメリカで実践した商売」と題して、自身の体験に基づいて米国のビジネス文化の特徴について解説した。
 大江氏は1984年に米国松下電器に出向した。氏は、米国のビジネス文化の特徴を「Not my fault. It’s your fault.」(私の間違いではなく、あなたの間違いだ)」いうフレーズに象徴される「(自己)主張の文化」であると述べた。当時の日本で通用していた「浪花節」も米国のビジネス現場では通用しなかった一方で、Integrity(清廉潔白であること), Honesty(正直さ), Sincerity (誠実さ)は通じたという。さらに、大江氏はラフカディオ・ハーンが「不可解なもの」と述べたとされる「日本人のスマイル」が米国のビジネス現場で混乱をもたらした事例や、自身の体験を通して得た米国人の部下を用いる方法などについても詳しく説明した。
 コメンテーターの土田弘氏は、自身の放送局での勤務体験から日本と米国のビジネス文化との違いを解説した。土田氏によれば、契約内容や数字といった明示されたものに基づく米国のビジネスに比べれば、日本の放送業界や芸能界のビジネスはじつに「曖昧な世界」であり、それが日本のビジネス界の一部にも繋がっていることもあるという。
 大江氏の報告と土田氏のコメントを受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。ある参加者からは米国のビジネス、仕事現場での基本に関する質問がなされた。大江氏は、日本のビジネス現場では「挨拶をすること」と「時間を守ること」がまず第1だが、米国では部下が良い仕事をしたとき、それをきちんと褒めることが信用を得るうえで重要だと述べた。その一方、部下を管理するには性悪説に基づく必要があるという。活発な議論を通して日本と米国のビジネス文化の違いが明らかになった。(まとめ:阿部康人、京都メディア懇話会事務局長)

参加者感想、1
1981年4月から2016年9月までインフラ管路の材料・調査の国内営業に携わった私にとって、大江さんのアメリカで実践されたビジネスコミュニケーションの実践は非常に興味深いものであった。大江さんのアメリカ=主張の文化、日本=察しの文化という指摘は商売ではいずれも契約が前提となるのだが、具体的なエピソードで説明していただき勉強になった。アメリカでは職務について、指示命令が具体的に記されていないことについての責任はない。一方で職務がまっとうできないときのI’m sorryという表現は通用せず、ほとんど考えられない。関西弁でいう「すみまへん」はもってのほかである。アメリカでは、目標を明確にすること、そして目標の達成度を人の仕事の評価にすることがマネジメントの基本であることが理解できた。
 上記のことから、組織内の横の連携については日本と比べて、徹底した報告が必要となり、ある意味やっかいである。日本では「報告した」ことを典拠にして責任を忌避する人たちが増えてきている。次工程を考えて仕事を進めるという手法をかつての上司は口すっぱく諭してくれた。あるとき相談する機会がなくて自らの考えのみで仕事を進めて失敗したときでも、その顛末を聞いてくれ、そのプロセスについて改めるべき箇所の指摘さえしてくれて、形だけの叱責は少なかった。
 大江さんの後半のアフターサービス体制の整備のお話は既存のタテの組織系統にあきたらず、個別の案件の機会での別系統の人々との会話でお互いの信頼関係を築き上げ、相手に日本人の「Honesty」を理解させることになったのではなかろうか。大江さんは失礼ながら「親分肌」を自慢されるようなお話はされなかった。現地でも部下と話をする現場では公平な立場を担保しながら褒めるべきは褒める、アドバイスすべきはアドバイスして「Good Job」を引き出されたようだ。そこに通底するのは、コミュニケーションスキル、相手に理解してもらうための会話のやりとりである。それは仕事だけでなくプライベートの面でも必要なわけで、アメリカでは地域とのつながりでの場所でも重要視される。このスキルは日本だけでなくグローバルな場面でも必要不可欠であり、日本、アメリカを問わず共通すると感じた次第である。
(森井雅人:大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

参加者感想、2
大江正彦さんがアメリカで実践された「商売」についての話は、さすが20年以上も第一線で活躍されただけあってとても面白かったです。それにワシントンでの元米上院議員ダニエル・井上さんとの写真撮影、レストランでのトランプ氏(現米大統領)との偶然の遭遇など、もっと聞きたいと思いました。
 同じ会社の同僚でも以心伝心はない、自己主張が強く自己の責任範囲の峻別をすること・・・等、国際的な現場における日本人の今後の働き方にも有効な示唆だと思いました。日米の文化的違いもあり、利益のある取引の実践は容易ではない。しかし、パナソニックでは 松下幸之助さんの精神を受け継ぎ、“ 素直な心”という言葉をよく使うというのが印象的でした。こうした社会への向き合い方が大江さんの仕事以外の地域貢献活動にもつながり、彼の地の人びとからの「信頼醸成装置(mutual trust-building measures)」として機能したのでしょう。
 寺森義信(元貿易商社員)

参加者感想、3
 大江さんの米国ビジネスコミュニケーションの講義はたいへん参考になりました。小生の「放送界」の四十年のビジネスが「甘く」「あいまいな」ビジネスであったことを痛切に感じました。放送界には、いまだに顧客との「信用取引」(on account)が横行しているのは「信じて頼りにしているという信頼(trust)からだと思います。厳しい米国ビジネスの権利第一主義には「少々淋しく」思いました。日本の「あいまい文化」には人間味があるのではないでしょうか。その人間味には「信用」がふくまれているのです。過去の仕事と業績と経歴などから人にたいして、物に対して与えられた評価から信用が生まれると考えられます。さて、次の機会に「米国ビジネスコミュニケーションにおける人種課題」についても是非ご講義願いたく思います。
(土田弘、元京都放送)

第24回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年11月)

「アメリカの放送の過去、現在、未来」

発題者:志柿浩一郎(同志社大学アメリカ研究所 専任研究員 [助教])
コメンテーター:中谷聡(当会事務局次長、大学講師)
司会 :斎藤修(当会理事長、京都新聞ホールディングス顧問)
 

京都メディア懇話会第24回月例会(2017年11月30日)の終了報告
 今回の発題者は同志社大学アメリカ研究所専任研究員の志柿浩一郎さんで、アメリカにおけるラジオ放送初期の発展史、無線通信とラジオ、テレビへとのメディアの発展の際に浮上した公正、公益性の問題などが時系列的に触れられ、アメリカ放送史における重要な出来事とアメリカの場合とは異なる形で発展をしてきた日本のケースとの比較をしながら聴くことができた。
 日本におけるアメリカの放送についての一般的印象は巨大商業放送ネットワーク、ケーブルテレビのニュース専門局CNN、そしてトランプ大統領の好きなFOXテレビなど日本の民放にあたる商業放送局の隆盛である。現在ではそれに加えてネットによる活発な放送があり、日本にも同じ現象が起きている。だが、元々アメリカの放送は、商業資本とは無関係の各地の州立大学等が始めた無線電信・電話を利用した通信実験や無線愛好家の活動が起源、つまりアメリカには営利を目的としない小さな放送局などの地域住民が放送へアクセスできることに配慮したコミュニティ・メディア、地域とのつながりを目的としたコミュニティ・ラジオ局が今も様々な形で存在し、その中でメディアの公益性や公共性が問われてきている。
 一方で日本の放送は、技術的にも実際の内容においても当初から国家の強い統制の下におかれてきた。日本のラジオ放送の開始日(1925.3.23)、後藤新平東京放送局総裁は放送の機能について芝浦の東京高等工芸学校仮放送所から『無線放送に対する予が抱負』を演説、放送の4機能(文化の機会均等・家庭生活の革新・教育の社会化・経済機能の敏活化)について述べた。だが、実際には日本の放送はその数年前に関東大震災(1923年/大正12年9月1日)を経験したことから第1、災害時の迅速な情報提供・伝達をどうしたらいいか、第2は当時の社会状況が治安維持法の制定(1922年)を必要としていたことに象徴される社会統制という目的があった。
 発題後の質疑も活発で、そうしたことを考えながら参加できた有意義な例会であった。(まとめ:懇話会事務局)

出席者感想1.
 志柿先生による御発題は、アメリカラジオ史の黎明期からの体系的な講義でありながら、現代日本のメディアや社会に対して、示唆に富む内容であった。とくに感銘したのは、次の三点である。
①1940年代に、女性のフリーダ・へノック女史がFCC(米国通信委員会)委員になったことで、ジェンダーによるハンディーがあるにもかかわらず、教育放送の非営利の部分を重視したという功績で再評価されていることである。これは、ともすれば男性が、経済重視=商業主義に走りやすい所に貴重なブレーキをかけたことにもなるし、更に、彼女が将来的に単なる教育放送以上の有益性を想定していたことも素晴らしい。商業主義に走らず、高みをめざすことによってこそ、メディアの公共性・公益性が保たれるのだと思った。しかも当時のラジオ視聴者には女性が多かったとすれば、当然ながらユーザーの気持を知る女性委員がいても良い筈だ。東日本大震災では、女性のリーダーのいない避難所でオムツは支給されても育児用品の細かい物がそろわなかったなどの実態を振り返るとまだまだジェンダー的不均衡が現代も繰り返されている。
②アメリカのラジオ局の発祥が、指定の州立大学などの各地方発・教育現場であったことも、日本と違い流石はアメリカで、多様性を認め合う社会形成の基礎こそがラジオ局であったのだと思われる。もちろん一部には宗教系など、日本から見れば「偏った」内容のローカルラジオ局も存在するが、宗教の多様性をも含めた、自由の国アメリカなればこそだと思う。昨今の様にイスラエルのためにエルサレム首都認定にやっきになる現大統領にもアメリカラジオ局の宗教の多様性の歴史は示唆深いものだろう。
③そして教育放送の重要性を念頭に置くとき、1946年にロバート・M・ハッチンスらによるメディア改革を目的とした報告書『自由で責任あるメディア』において、「非営利機関がアメリカ国民の求めるプレスによるサーヴィスの多様性・量・質の保障を援助できるようになるように」と勧告したこと、そしてハッチンス自身が大学教育にも携わってきたことと見事に呼応する。アメリカのラジオ放送史は、草の根的な発展をしながら、アメリカのメディア思想史の基本部分を形成してきたのだと思い至った。
 此度の、志柿先生のアメリカ現地でのご研究の貴重なる成果を拝聴する機会を得て、京都メディア懇話会は、この様な貴重なお話を広く市民にも共有できるように、より積極的な広報をする必要性を感じる。京都新聞の広報欄を見て折角来てくださった一般参加の方々を次回の機会にもお誘いできるシステムが作れないだろうか。
(本会会員、事務局次長:永井るり子)

出席者感想2.
 まずはアメリカ放送史の膨大な内容を短時間の中で概観し、ポイントをわかりやすくまとめてお話して頂いたことに感謝申し上げたい。平易な表現でかみ砕いて説明して頂けたので、私自身も大変よく理解出来たし、先生の講座を取っている学生たちは幸せだと思った。
 私は40年余り京都のローカル局で働いてきましたが、アメリカの放送史については不勉強で何の知識も持ち合わせていなかった。今回志柿先生の講義により日本との違いが明確になったと同時に、ラジオが移民のアメリカ化に使われたという点にも得心がいった。
 現在のアメリカにおいて小規模ラジオ局が万単位で存立していることも、教育を目的としていたという歴史的な背景があったためであることもよく理解できた。私はアメリカの若者文化(日本の若者文化も)を形成したのはラジオだと思っているのだが、その中心であったアメリカのラジオがどのように聴かれ、社会にどう影響を与え、現在はどうなっているのかを知ることは、日本のラジオの生成を知り、これからの可能性を考える上でも大事なことだと思った。志柿先生には今回基礎知識編の講義をして頂きましたが、ぜひもう一度登壇して頂きラジオに絞って各論編をお願いしたいと思う。
 既存メディアが低空飛行を続ける中で、ラジオという古いメディアがこれからどのような使われ方、進化をして行くのか、それに携わったものの一人として考えて行きたいと思っている。(本会事務局次長、会計担当:新村章)

出席者感想3.                  
 「アメリカの放送、過去、現在、未来」の講演、多くのことを発信いただきありがとうございました。私はアメリカの新聞の動向、特にトランプ大統領就任前後からのNYTなどの厳しい論調に関心があり、またABCやPBSなどのテレビ放送にもジャーナリズムとしての気概を感じてきました。これは何もトランプの愚かさ加減、充てにならない政策変更への批判を超えて、アメリカの民主主義をどう守るのか、というより大きな視野から展開されています。私はNYTのWEEKLYやINTERNATIONAL版を読んでいるだけですが、高名なコラムニストたちの記事の、問題意識そして論の展開に感心することしきりです。
 なぜこんなパワーがという思いで本会の渡辺会長に誘われ定例会に参加しました。放送の歴史的展開や現状は良く分かり、感謝しています。ただ、そういう歴史と現在のメディア事情がどうつながっているのか、もう少し触れてくれたらよかったと率直に思いました。講演時間、質問時間ともにあれだけ短くてはどうにもならないのでしょうが。放送で言えば、PBSの女性キャスターの、ゲストに対する鋭い質問、また多分NHKでも民放でも日本ではきっと政治問題化しそうな展開ですが、なぜこれほど自由に進行できるのか、このキャスターたちはどう育ってきているのか、またゲスト選択の権限がどこまで現場で保障されているのか、いろいろ疑問が浮かんできます。それらがアメリカの表現の自由とどう歴史的につながるのか、その辺りを聞けたらもっと満足した、と思います。
(滝沢岩雄、元毎日新聞、坂田ジャーナリズム振興財団常務理事)

第23回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年10月)

地域が語り部―平和池水害(ダム決壊)とメディア
発題者:中尾祐蔵氏(地域ジャーナリスト)
コメンテーター:十倉良一氏(京都新聞論説委員)
司 会:新村章氏(元KBS専務取締役)

   

第23回月例会では中尾祐蔵氏(元京都新聞記者・現地域ジャーナリスト)が「地域が語り部−平和池水害(ダム決壊)とメディア」と題し、1951年に起きた平和池水害の記録と伝承の取り組みについて報告した。
 1951年7月11日未明、京都府亀岡地方は記録的豪雨に見舞われ、山中の農業用灌漑ため池「平和池ダム」が決壊し、鉄砲水となったダム湖の水が年谷川流域の集落を直撃した。亀岡地方だけで100人近い住民が犠牲者になり、京都市内を含めた死者総数は114人、負傷者238人、家屋全半壊268戸という戦後復興期の大規模災害であった。最大の被災地となった亀岡市篠町柏原(かせばら:当時は南桑田郡篠村字柏原)は全80戸のうち40戸が流出し、うち子供25人を含む住民75人が犠牲となった。中尾氏本人も被災した。
 中尾氏はこの大規模災害を紹介したのち、新聞やラジオなどの当時のメディア報道についても言及した。決壊の原因追求から大規模災害を人災と捉える報道も一部紙面には登場したものの、京都地検はダムの安全設計を超えた大雨が決壊の原因だと判断を下し、ダム決壊の責任を誰も取ることはなかったという。その後、平和池水害は忘れられていったが、水害発生50年をきっかけに住民の手によって災害記録づくりをしようとする機運が高まり、2002年に水害資料収集・編纂特別委員会が区内に設置され、資料収集と聞き取り調査が始まった。京都新聞丹波版でも中尾氏による「平和池水害54年目の証言−柏原75人の鎮魂歌」が2005年2月から1年間にわたって連載され、2009年3月には平和池水害の記録をまとめた『平和池水害を語り継ぐ-柏原75人の鎮魂歌』が自費出版された。
 中尾氏は、今後も災害について次世代に語り継いでいきたいと話した。2017年の京都府広報課が全戸配布した「府民だより6月号」に掲載されていた「府内の主な災害記録」にすら平和池水害が記載されていなかったが、府や市への働きかけにより9月1日「防災の日」に府南丹広域振興局が2市1町に配布した防災冊子で紹介された府災害記録表には「平和池水害」が記載されたという。最後に、中尾氏は次世代を担う子ども世代を巻き込んだ独自の防災教育を充実させる必要性について語った。
 中尾氏の報告を受けてコメンテーターの十倉良一氏(京都新聞論説委員)はマスメディアの取り組みとして、学者・研究者や行政機関、マスメディア関係者といった組織の垣根を超えた勉強会である「関西なまずの会」の活動や名古屋のマスメディアと研究者による懇話会「NSL (Network for Saving Lives)」、河北新報を事務局とする「みやぎ防災・減災円卓会議」を紹介した。また、十倉氏はマスメディアの現在の課題として、災害勉強会に若手記者をどのように引き込むかといった組織内の問題や、避難アナウンスが地域に届かないなどといった報道の課題について触れた。最後に、十倉氏は防災・減災のために専門家、行政、住民を橋渡しする役割をメディアが積極的に果たすべきだと述べた。
 中尾氏と十倉氏の報告を受けて、会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。参加者からは「全国のローカル紙が連携して、災害の継承報道ができるような体制をつくっていく必要がある」という意見が出された。また、他の参加者は「災害記憶の継承として、メディアには災害の記憶をまちづくりなどに反映させる責任がある」と述べた。さらに他の参加者からは「新聞社の使命とは災害を伝えるだけにとどまるものではない。市民の命を守るということができてこそ、初めて新聞社は新聞社としての責任を果たしたと言える」という意見も出された。活発な議論を通して、災害継承報道の現状と課題が明らかになった。
(まとめ:京都メディア懇話会事務局長・阿部康人)

出席者感想1.
 史料を丹念に掬い上げられ、更に一冊の本(「平和池水害54年目の証言―柏原75人の鎮魂歌」)に編まれた中尾様の執念ともいう凄まじい思いが感じられる御発題だった。
 中尾様の集められた数々の検証から当時の事実が詳らかになっていくプロセスで、ため池とは名ばかりで、農林省の国策上、ため池という名を付けたダムなのだという確信こそが、読み応えのある本に昇華されていった証左だと思う。
 現在、中尾様は地元小学校を巡って、この災害を伝える活動をしておられるが、行政の若い人に向けても、例えば、京都府庁や市役所の新人研修でも、同様の語り部活動を出前講座形式でされたら良いのではと思う。そして行政の研修プログラムに入り込むために、メディアの現役の方がそれを後押しできないだろうか。そうすれば中尾様が憤っておられた様な、今年の府民だよりに平和池災害が欠落していたというゆゆしき事態も改善できよう。
 私は、昨年まで、日本宅とジャカルタ宅を行き来していた。当地インドネシアでは、やはりODAなどが主導し、日本の建設業者がしきりとダム建設を進めているのだが、農業用水・生活用水などの治水がよくなるその一方で、環境破壊や、無理な立ち退きなどから、地域住民の反対運動が起きているのも事実である。故・鶴見俊輔氏の姉、故・鶴見和子女史が唱えた、住民の民意をもってする「内発的発展」と外部からの資本や近代化政策による「外発的発展」という二つの基軸で街づくりを考えるとき、何が何でもダムを造ればよいという安易な外発的発展は、地元民にとって本当に良いのだろうか。責任の所在も含めて、今一度、街づくりの観点からも、ダム建設についてメディアが市民に考える材料を提供するべきだろう。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 大阪空港で飛行機が宝塚方面へ離陸し、通常、宝塚・伊丹上空で左旋回する。そのときに左側に大きな池が見えてくる。「昆陽池」という8世紀前半に行基が築いた当時の農業ため池である。瀬戸内海の東端に位置する、筆者居住の兵庫県は全国のため池約19万箇所のうち、約3万8千箇所と日本一の数を誇る。当然、ため池の保全につき対策等が必要になってくる。
10月の研究会は、中尾祐蔵さんの地元、亀岡市で起こった平和池の水害発生に関する事実検証の取組みのお話であった。過去の災害に関して自治体の災害誌や新聞社の災害記録・報道写真、あるいは研究者の災害研究の報告はよく見かける。しかし、被災した地域の住民自らが、災害の記録を編纂し出版する事例は少ない。本研究会のベースは1951(昭和26)年7月11日に亀岡市篠町柏原(かせばら)で起こった水害である。同日、上流のかんがい用のため池ダム・平和池が梅雨前線による記録的豪雨で決壊、鉄砲水となって柏原地区を襲い、75名が犠牲となった。
水害発生の50年後、被災の記憶の風化が進む中で、住民の間から災害記録づくりをやろうという機運から出てきた。中尾さんは、京都新聞社の現役時代に身に着けた新聞記者という「1.5人称」の立場から、2005年2月に京都新聞丹波版で「平和池水害54年目の証言」の連載を始め、これが新たな証言、資料集めにつながっていった。2009年3月の記録本の出版後もフォローアップとしての地元での災害伝承活動は続いている。
地元住民による災害記録の発信には、被災の経験から裏打ちされた様々な防災・減災の知恵や教訓が織り込まれている。災害のリスク低減をめざすためには、これらの知見を今後の防災計画や事業に「住民協働」というかたちで積極的に活用することが重要であり、そのためにメディアが「媒介」役を担うことが重要となってくる。冒頭の兵庫県の事例では、ハザードマップの作成・公表もはじまり、「予防保全」の観点からの活動もはじまっているが、こういう資料活用もメディアと「公」の緊張関係があるからこそ、生きたものになると考える。
地域に埋もれかけた被災の伝承や災害にまつわる伝承。この活用に当たって地域住民自身がアーカイブして継承していく意義は大きい。中尾さんが進めた地域住民が主体となって編纂する災害記録の集成は今後、重要な資料になると考える。
(森井雅人 大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

出席者感想3.
 『語り継ぐ』ということ―『書き残す』ということ
 かつての仕事仲間、中尾祐蔵さんに会いたくて京都メディア懇話会に出掛けた。久しぶりに見る70代半ばの中尾さんは、私の知る懐かしい風貌に穏やかさを増した現役のジャーナリストだった。
 この日のテーマは「平和池水害を語り継ぐ」というタイトル。正直な話、数十年前の記者時代に「亀岡の水害」と聞いたことはあるが、南山城水害(昭和28年)を取材した先輩の苦労話ほどの関心はなく、実態はまるで知らなかった。まして中尾さんが小学校2年でその水害に遭い、生き残ったことも…。彼の語るその真実に、80歳を過ぎてボケかけた頭はガツンと殴られた。
 約2時間、映像や資料をもとに語られ、質疑応答で明かされた水害の実像―戦後の復興期に灌がい用溜め池として造られたアースダムが完成2年後の1951(昭和26)年7月の豪雨で決壊、下流域の柏原集落を全滅させ、住民75人の命を奪った「カセバラの悲劇」の凄まじさ、さらに事後の責任追及もうやむやに…という現実に驚く。
 行政にまともな記録もなく、地元の子供らさえほとんど知らない。資料の中に「風化」「封印」の文字がある。災害から50年後の今世紀初め、退職前の中尾さんら住民の手で記録づくりが始まった。京都新聞丹波版の連載記事「54年目の証言」などあって、2009(平成21)年春に「平和池水害を語り継ぐ―柏原75人の鎮魂歌」の大冊が地元負担で出版の運びとなった。
 コツコツ資料集めから関係者の聞き取り、とりわけ親や妻子を失い、辛い思いに耐えて生きてきた80代の古老の生の声を収録できたのは貴重だ。いま水害伝承の会を担う中尾さんは言う。まず「知ること、知らせること」の大切さ。大仕事の成果をふまえ、会のメンバーは手分けして地域の小、中学校や、広く防災講演に励んでいる。このところ全国で局地豪雨の災害が相次ぎニュースとなる折、まことに意義ある活動だ。
 そんなとき、京都府が全戸に配る今年の「府民だより6月号」で、府内の主な災害記録に「南山城水害」前の「平和池水害」が欠けていたのはショックだった。地元の小学生が自主的な紙芝居づくりで活動に協力してくれるのに…。命を守る防災の基本は①知ること②備えること③伝えること―と、力説する中尾さんだった。
(古家和雄 京都新聞OB)

第22回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年9月)

大津WEB新報:情報公開制度を駆使した本格的な調査報道
発題者:大井美夏子氏(大津WEB新報発行者)
コメンテーター:小黒純氏(同志社大学社会学部教授)
司 会:永井るり子氏(立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

 

 今回の月例会では、大井美夏子氏(大津WEB新報発行者)が「大津WEB新報:情報公開制度を駆使した本格的な調査報道」と題し、市民による調査報道の現状について報告した。
 大井氏は 2011年に起きた東日本大震災が地方政治に関心を持つきっかけとなったと述べた。氏は当時、山形県で暮らしていて、宮城県からの被災者・避難者の置かれた状況を見て「地域とは何か?」「行政とは何か?」ということを考えるようになったという。大津市内に自宅を購入し、地域の自治会に加入したことを機会に、その自治会の上部組織である「大津市自治連合会」の存在を知った。しかしその活動に矛盾を感じて調査したところ、連合会会長らが会費の不明朗な使い方をしていることを発見した。その事実を大津市関係当局にたいしデータによってしめし、是正と指導などの適切な対応を求めたにもかかわらず、市当局からはまともな対応がなされなかった。大井氏は小黒純氏(当時は龍谷大学、現・同志社大学社会学部教授)に相談をしたところ情報公開制度を利用するようアドバイスを受けた。氏は同制度によって獲得したデータを示したにもかかわらず、市の対応は変わらなかった。しかし、公金がずさんに使われていたことを多くの事例によって突き止め、それらのデータをマスメディアに提供したものの、マスメディアに思うような記事にしてもらえず、小黒氏を「デスク」(取材事項や原稿を掲載前に点検する担当者)として自ら記事を書き、ネットで発信するようになったという。
 続いて大井氏は、市政記者クラブのあり方について言及した。大津市役所では広報課の目の前に記者クラブがあり「広報課が市政記者クラブを飼っている」という印象をもったという。そのことから自分が情報公開制度の利用によって得た情報をマスメディアに提供しても、記者たちは行政から「改善する」というコメントを引き出すだけで終わってしまい、実際に検証して記事を書かない理由が分かったという。最後に、大津WEB新報を続けられる動機として「(調査報道をすることが)面白いから」と語った。 
 大井氏の報告を受けてコメンテーターの小黒純氏は、大津WEB新報のような取り組みでマスメディアに対抗しようとは思っているわけではないと述べたうえで、マスメディアにはこのような取り組みに関心を持ってくれる記者が少ないと指摘した。小黒氏は、大津WEB新報の特徴として、記事の大半がどの資料にどういうデータが出ていたかという「事実」をもとにして書かれたものであり、「証言だけ」による記事がほとんどないと指摘した。大手メディアにとっては大津市による公費流用(自治会関連の不適切な飲食費など)額は比較的小さいためニュースバリューは小さいかもしれないが、市民にとっては金額にかかわらず公金の使われ方は重要なニュースであるはずだとも述べた。また、大井氏とともにWEB新報を続ける動機として、今の世の中でリアクションがなくても、後世に残る仕事がしたいからだと述べた。
 大井氏と小黒氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見や質問が出された。ある参加者から出された自治連合会のあり方に対する質問に対して、大井氏は「福祉の勉強をしていなかったら、自治連合会のあり方がおかしいとは思わなかった」と回答した。また、ほかのオーディエンスからは一部の人を除いて大半の人が自治体にかかわりたくないという現状が理解できたとの感想も出た。刺激的な問題提起と活発な議論を通して、大津WEB新報の社会的意義が明らかになった。(まとめ:本会事務局長、阿部康人)

出席者感想1.
 大津市の自治連合会の公金の使われ方に疑問を持ち、手弁当で独自の取材報告を調査報道としてウェブ発信していかれる大井氏の御姿に感心した。自治会などの面倒な活動には普通はあまり関わりたくないと思って、多少の疑問には目をつぶっている市民の多い中、市広報を垂れ流す商業メディアとは違った姿勢で、真向から真実を追求する姿は実に潔い。
 地方創生が叫ばれる昨今、所謂「まちづくり」に必要な人的要素として、「土の人」(生来の土着の人)のほかに、「風の人」(よそから入ってきた人)「光の人」(町に光を当てるメディア関係)、「水の人」(動きのきっかけを作る人)などという言い方がされるが、その町の因習にとらわれることなく、悪いことを悪いと発信できる大井氏は、正によそから入って新風を送り、住民目線で長年の因習の暗部に独自メディアを以て光を当てる「風の人」・「光の人」といえるだろう。
 しかも、誰でもできるウェブ発信という方法に着目したのは目新しい。また、監修の小黒先生のアドバイスによって、並行して出されたウェブ印刷によるA4一枚の紙媒体はネット環境にない市民にも配り続けて欲しい。
 社会福祉士でもある東北人としての大井氏には、又機会を改めて、防災・介護などの面からのウェブ発信の可能性についても御発題頂きたいと思った。
(永井るり子:立命館大学社会人学生、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想2.
 情報公開制度を利用した調査報道は新聞・テレビなどマスメディアが手掛けてきたものですが、それを一市民がインターネット上で始めたことに、新しい流れを感じます。と同時にマスメディアに関わる者として「うかうかしていられないな」と率直に思いました。
「大津WEB新報」が素晴らしいのは、情報公開で得た文書をネットで示すなど、事実に基づく姿勢を貫いているところです。大津市行政と地域自治会、議員の関係を公開文書で浮かび上らせることで市民に問題を提起しています。身近でありながら不透明な地域行政に光をあてる。こうした市民による報道はもっと出てきていいでしょう。
それは既存マスメディアへの不信と裏腹だと自戒しています。地域社会が抱える問題をすくい切れていないという批判の目を感じます。20年ほど前、行政の「官官接待」を新しい情報公開制度を取り入れて問題にしたオンブズパーソンに、弁護士とともに連携し、情報交換や議論しながら報道したことがあります。「大津WEB新報」で見逃してはいけないのは元記者によるチェックです。市民によるネット報道が影響力を持つようになるほど、これまで以上に責任とリスクが伴ってきます。理解者や協力者、仲間を増やすことで幅広く深い視点ができ、それが報道を強固にします。多面的な事実から真実に近づくことにもなります。「大津WEB新報」の可能性は大きいと思います。
(十倉良一:京都新聞論説委員、京都メディア懇話会事務局次長)

出席者感想3.
 2017年9月28日の懇話会では、大津WEB新報の大井美夏子編集長のお話をうかがうことができた。当会では、主流のマスメディアに属する方の話をうかがう機会が多いが、大井さんの話を聞いていると「取材活動に知的な喜びと、怒りというより腹が立つことを知り、知らせたい」ということを強く感じられた。市民とジャーナリズムの等身大のつながりを感じることができた。自治会の問題、琵琶湖清掃の問題と身近なテーマから発した疑問は上へ上へと取材の手を伸ばしていく。行政の怠慢がわかると同時に、「権力監視が責務であるマスメディアの怠慢」も目に付くことになる。これまで「記者クラブ批判」の論説はいろいろあったが、普通の人が官公庁のものを利用する場合に必要な「行政財産使用許可証」を記者クラブは持っていないのではないか、という指摘は慧眼に値する。これも便宜供与の一端であり、普通の人が経るべき手段を得ていないメディアは共感を得られない存在となっていないかと思ってしまう。
 「取材(人と会って話を聞く)をしない、私がするのは情報公開請求がほとんど」と話す大井さんの手法は、足で稼ぐこれまでの取材にとって代わるものではないか。一億総スマホ時代が来て、誰もがカメラを持ち、SNSで情報を発信できる時代となった今、既存のメディアが力を入れるべきは、事実に基づく、丹念な取材である。
「明治時代のジャーナリストのことを知りたい」と大井さんは話したが、昔の記者は「真っ当な社会人とは違う」集まりだったことを卑下と少しのプライドを持った時代がもたらしたものだったのではないだろうか。
(中谷聡:大学教員・京都メディア懇話会事務局次長)

第21回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年7月)

「地方のCATVの現状と課題」~京丹波町ケーブルテレビの取組から~

発題者:西村公貴氏(京丹波町ケーブルテレビ主任)
コメンテーター:畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部准教授)
司会:土田弘氏(元KBS京都放送、元同志社大学嘱託講師)


7月例会では、西村公貴氏(京丹波町ケーブルテレビ主任)が「京丹波町ケーブルテレビ:番組制作の戦略と成果」と題し、京丹波町が運営する公設公営のケーブルテレビである「京丹波町ケーブルテレビ」の現状について報告した。
 町全体が難視聴地域である京丹波町ではケーブルテレビ加入世帯が100パーセント。京丹波町ケーブルテレビでは、ニュース、防災啓発、企画番組などを中心とした「京丹波ウィークリー」、ドキュメンタリーや企業紹介番組、認知症予防啓発ドラマなどを取り扱う「クローズアップ京丹波」に加え、全国の自治体運営放送局定番の「議会中継」といったさまざまな自主番組を制作されてきた。番組制作の取材、撮影、原稿、編集などはときおりサポートがあるとはいえ、ほとんど同氏一人で担当してきたという(同氏の制作した番組は多くの賞を受賞している)。同氏によれば、京丹波町ケーブルテレビでは「ひとりひとりが主役」となる「町民主体の顔が見える番組」を制作するように心がけているという。
 続いて、西村氏は京丹波町と友好町である福島県双葉町の取材体験を話した。氏は震災発生直後から継続して双葉町民を取材し、これまで多くの被災町民の声を京丹波町に届けてきた。京丹波町で双葉町のことを伝え続けるために、番組制作と並行しながら双葉町民と一緒に「ふたばだるまプロジェクト」と題する企画なども行ってきたという。また、西村氏は高齢化率40パーセントに迫る京丹波町が抱える認知症への対応策の一つとして、その予防・啓発ドラマを制作した体験についてもふれ、ドラマ制作を通して町民同士が「助け合える地域づくり」の必要性を訴えた。最後に、西村氏は関西大学社会安全学部と連携して防災番組を制作した体験について話したのち、ケーブルテレビの役割は番組を見て喜ぶ人を増やし、それを通して地域を活性化させることだと述べた。
 西村氏の報告を受けて、コメンテーターの畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部准教授)は、日本のメディア学におけるケーブルテレビ研究について触れ、日本のケーブルテレビの歴史を概説した。その後、畑仲氏は、ジャーナリズム活動の情報到達範囲とそのジャーナリズムとしての質はまったく別の問題だと述べたうえで、ケーブルテレビのもつ社会関係資本(ソーシャルキャピタル)を活性化させる「よき隣人型ジャーナリズム」の側面について解説した。
 西村氏と畑仲氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見が出された。オーディエンスの一人からは、新聞社などに入って記者教育を受けていない西村氏がどのようにして「(双葉町などの)現場に入ろうという発想」を身につけることができたのかという質問が出された。西村氏はこの質問に対して、かつて自身が個人でドキュメンタリー制作に打ち込んでいたことに触れながら、双葉町を応援しなければならないという自分の気持ちや、住民の期待に応えて番組制作を行うことで住民に喜んでもらえたことなどについて話した。また、他のオーディエンスからは、同ケーブルテレビで西村氏の番組制作を受け継いで行く人材がいるのかという質問が出された。これに対して西村氏は、役場の職員だけでは継続が厳しいので、地域の人や学生インターンと連携してネットワークをつくっていくと述べた。活発な議論を通して、難視聴地域のケーブルテレビの意義およびその課題が明らかになった。
(まとめ:本会事務局長 阿部康人)

出席者感想、その1
 京丹波町という小さな自治体で、公営とはいいながら、ケーブルテレビ局の実務をほとんどひとりで行い、発展させることがいかに大変かがよく理解できました。私が会社勤めをした松下電器(現パナソニック)では、経営の神様と言われた松下幸之助は、「企業は社会の公器。企業の社会的使命と責任は、地域・地球・環境との調和、共存共栄、人を育てる、適正利潤を上げること」といった創業の経営理念を柱として、事業の維持発展を進めました。翻って西村氏が奮闘されるケーブルテレビ局は、視聴者から月額2千円を徴収することによって取材・制作・放送業務のかなりの部分をまかなっている由。それが可能になっているのは氏が地域の人々と日常生活での「絆」を創造し維持されているためであることがよく分かりました。そしてまた、人々に密着した涙ぐましい番組作りと、そのニーズの目の付け所に、大きな魅力の出所があるのが理解できました。曰く「町全体のひとりひとりが主役」だと。
映像は人の懐に直接入ってきます。喜びや感動も直接的にもたらすことができます。そこには人の心が関わってきます。もちろん製造販売事業においても違った形で、人の心が存在します。人が人に物を売る、サービスを提供し満足感を与える、その行為の中に人の心が関わります。その意味で、人の営みにはどちらも必要だと思います。京丹波町営テレビ局は決して財政的に豊かでないのでしょうが人の心に感動を届け続けておられる、それが受信者との「絆」になっていることに感動しました。(大江正彦:元松下電器、久光製薬アメリカ勤務)

出席者感想、その2
 発題者の西村公貴氏は北海道での大学生活の後、生まれ故郷・京丹波町にUターンされ、公務員として町営CATVでの仕事を通してまちづくりに熱く情熱を注ぎこんでおられる。3.11複合震災後、京丹波の姉妹町である福島県双葉町に線量計を持って自ら入り、番組制作に活かされるという冷静な化学者の目と実行力を併せ持っておられる。双葉町の惨状を冷静に京丹波町民にも伝えたいというコンテンツ作りへの溢れる思いが披露された映像からも伝わってきた。
 今回は、地域メディアとしてのCATVのお話だったが、一方で、「地方自治」という視点に立ってのお話も伺いたいと思った。「住民参加」が基本の地方自治において、たとえば将来的に、住民投票などの必要が生じた時、100%加入の地域CATVは、その伝達ツールとなり得るのだろうか。もちろん、普通選挙に使うのは選管規定や主義・思想の問題で、引っかかることもあろうが、住民投票や住民監査請求などには、各家庭で遊んでいるリモコンチャンネルの4色ボタンなどを双方向で使う可能性もCATVにはあるかもしれない。
 現在でも、西村さんは孤軍奮闘しておられる状態だが、新たなる公共空間の創設という地域CATVの可能性をこれからももっと広げていかれることを期待したい。(永井るり子:立命館大学社会人学生)

第20回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年6月)

「京都観光」報道の切り口

発題者:高田敏司(たかだ としじ)(京都新聞社政治経済担当部長)
司会:新村章(元京都放送専務取締役、京都メディア懇話会副会長)
コメンテーター:十倉良一(京都新聞論説委員、京都メディア懇話会事務局次長)

開催日:20017年6月22日(木)18:30〰20:00
会場:同志社大学今出川キャンパス寒梅館6階大会議室

今月の例会では、高田敏司氏(京都新聞社政治経済担当部長)が「『京都観光』報道の切り口」と題し、自紙による京都観光報道の現状について報告した。
 かつて京都新聞は紙面の中に「文化観光面」をつくったものの、昨年廃止した。そのスタンスは基本的には「京都観光を盛り上げよう」という趣旨だった。それも大事ではあるが、観光をめぐり、さまざまな問題が顕在する中で、京都観光を「生活者」の視点からあらためて掘り下げようと、政治経済担当部で4月に「暮らしと京都観光」という連載を始めた。
 続いて、高田氏はこの4月から始まった「暮らしと京都観光」という連載について解説した。同氏によれば、観光消費額は増加したものの、市内で観光業を営む中小企業の収入が増えていないことから、市の税収はあまり増えていない。また「京都観光」と呼ばれるものの実態は「京都市観光」であり、観光消費額をみれば府内では京都市の「一人勝ち」状態だという。最後に高田氏は京都市などが作っている「日本に京都があってよかった」というポスターに触れて、対外向けのアピールとしてはいいのかもしれないが、市民向けにまで「精神論として押しつけていないか」と指摘しつつ、「このような京都中心主義、京都ファーストの考え方は、必ずしも京都市民ファーストにはなっていない」と述べた。
 高田氏の報告を受けて、コメンテーターの十倉良一氏は 京都観光が地元に利益をもたらすことの必要性を強調した。加えて、同氏は「障がい者の観光する権利」を守るためにも、京都のバリアフリー度の向上についても真剣に議論をする必要があると述べた。最後に、報道機関は持続可能性のある観光のあり方を念頭に報道をしていかなければならないと述べた。
 高田氏と十倉氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな意見が出された。オーディエンスの一人は、海外の事例を挙げつつ、 案内役のシニアボランティアの登用など、観光促進と老齢者の生きがい促進を含めてトータルな社会的資源として活用すべきだと述べた。加えて、京都新聞と京都放送が手を携えて京都観光を盛り上げるべきだと指摘もなされた。また、他のオーディエンスからは、京都新聞は観光者数の増減に注目しがちな京都市の施政に対して批判的であるべきだという意見も出た。これに対して、高田氏は京都新聞には観光における経済効果以外の価値を提示する必要性があると述べた。活発な議論を通して、京都新聞による観光報道に関し多角的な視点からの課題が明らかになった。
 まとめ:阿部康人(本会事務局長)

出席者感想、その1
 発題を聴いて、変容する観光マインド、観光のこれからとその使命について考えさせられた。観光業界をとりまく内部環境の変化についてはある程度予測できるが、外部環境の変化については他の業界と同様、その予測は簡単ではない。グローバル化に伴う業態の変化、とくに最近の観光業界を取り巻く諸条件の変化は目まぐるしく、観光目的や嗜好の経時的変化(例:集団から個人、モノから文化重視へ・・・等)にも大きな影響をもたらすことになる。このような条件下では不確実性の要素が大きく、事態の推移予測やコントロールが困難になる。経済効果のみならず観光マインド自身の立ち位置も大きく変容せざるをえなくなっており、外部環境の変化に合わせた多様性(Diversity)のある対応とそうした対応の持続可能性(Sustainability)が観光分野でも不可欠だ。従来のような過去のデータだけに基づいた既成概念にとらわれず、未来を見透した有効かつ関係住民へのプラスが保障され、かつ「グローバル化」の中の日本社会」と日本人の暮らしにプラスになるという「観光マインド」養成が急務であると感じた。
その実効化のためには、それぞれが置かれている社会的場面でそれぞれの役割を担える人達が垣根を超えて助け合い、相互に学び合える場を行政、メディア、市民の相互協力によって新たな地平として切り開いていくしかないと改めて思うことになった。その仕組みを「見える化」し、周知させるのがメディアに対し私が望むことである。そうした希望を失わないかぎり、文化マインドを失うことなく、よりパワフルで、分かりやすい観光マインドの構築が可能になるであろう。(倉田建作、元化学メーカー会社員、韓国向け輸出担当25年) 

出席者感想、その2
発題者の話だけではなく、自身が京都新聞に連載された「暮らしと京都観光~にぎわいの陰で」(連載 ①-⑤および本年6/10 付け「民泊新法成立と宿泊税導入」の記事等を帰宅してから併せ読ませていただき、理解が深まりました。
私自身、海外旅行が好きでよく行きますが、各国の入国規制緩和や日本発着 格安航空会社(LCC)の躍進でここ数年の外国、とくに東アジア、東南アジア方面からの訪日客が増え、世界に冠たる観光スポット「京都」にやって来る人たちが急増している。それに伴いどの産業にも大なり小なりある 「光(経済効果)と影(観光公害)」がより鮮烈に自治体としての京都市と京都府、そしてその住民を直撃している実態もよく理解できた。
発題から、①ホテルや飲食店でも、外国や東京、大阪の大手資本が利益を吸い上げる構造が完成しつつあり、地元の零細小資本業者はあまり潤っていない。② 市バスを利用する外国人客が急増して満員になり市民が利用しづらくなっている。③自治体京都市の税収は訪日客効果によるものは全体の一割程度でそれほど増えていない。つまり、急増する海外からの観光客への対応だけに追われている半面、それらが自治体の財政と市民生活の豊かさに貢献していない。
観光客の数量的増加に伴う宿泊施設(民泊等の整備)、洋式公衆トイレや交通システム(大型バス乗り入れ規制やスイスのバーゼルなどがやっている市内無料市電ティケットの配布など)、人の流れの有効的活用が適切にできていない・・・また自治体、日本政府による広報、各種メディアの取り上げ方にも問題がなきにしもあらずで、結果として一部有名社寺などに人の流れが偏り、観光産業の受益者にも不公平感の存在が深刻であることが浮き彫りにされ、参考になった。(寺森義信、元製造業海外事業部)

第19回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年5月)

非被災地にある地方紙における震災報道

発題者:仲屋聡(京都新聞報道部)
コメンテーター:大西祐資(京都新聞南部支社長)
司会:十倉良一(京都新聞シニア論説委員)

開催日:2017年5月25日(木)18:30~20:00
会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

   


第19回京都メディア懇話会月例会では、仲屋聡氏(京都新聞報道部)が「地方紙における災害報道」と題し、京都新聞の3.11震災(東日本大震災、地震/津波/原発事故等)報道のあり方について報告した。

 仲屋氏は、京都新聞の読者にこの大震災への関心を持ってもらえるよう、その後も毎年の定期的報道だけではなく、京滋にゆかりのある被災者の方々を中心に取材、報道していると述べた。労働組合の繋がりを生かして、岩手日報などの協力によって東北で生活を営む京滋にゆかりのある関係者を取材できたこともあったという。氏は、身内を亡くした方々の心に寄り添って記事を書くことの困難さについても語った。加えて、京滋へ避難し生活する人たちに対する京都新聞の報道についても紹介した。アンケート調査の結果から、避難者の中には帰郷を諦めた人が増えていることもわかった、さらには全733人のうち50人にアンケート調査をおこなったものの、来年以降はどれだけ調査表が集められるかわからないとも述べた。氏は最後に、南海トラフ地震が必ず発生することを念頭におきつつ、今後も京都大学防災研究所の知見なども取り入れながら読者の防災意識を喚起していく必要があると述べた。今後は記事を読んだ読者に被災地に足を向けてもらえるような工夫も取り入れることが重要だという。

 仲屋氏の報告を受けて、コメンテーターの大西祐資氏(京都新聞南部支社長)は、京都新聞などの地方紙にも当然あてはまるが、それぞれのメディアには「それぞれ独自の役割がある」と前置きしたうえで、記者にとって震災直後には被災地である現場に行くことも重要であったが、「現場」取材から漏れるような生活情報を記録として残して後世に伝えることも同じく重要だと指摘した。大西氏によれば、メディアは一般的に「長く災害と向き合うのが苦手」であるものの、今回の3.11を伝えていくために河北新報が全国の地方紙と協力して展開しているワークショップ「結び塾」などの取り組みなどが参考になるという。続いて、2016年の熊本地震を取材した山田修裕記者(京都新聞編集局)が、京都新聞の読者を念頭に現地取材をおこなった旨を報告した。

 仲屋氏と大西氏、山田氏の報告を受けて会場オーディエンスからもさまざまな意見が出された。その一人は、3.11報道を読んだだけでは現場の状態がわかりにくいと指摘したのち、読者が被災地に直接行くような「きっかけづくり」を京都新聞は紙面でさらに積極的におこなっていくべきだと述べた。また、ほかのオーディエンスからは日本語が理解できない人たちにも防災意識を喚起する工夫がメディアには求められるという意見が出た。さらには、さまざまな市民から防災関連情報をさらに積極的に収集するために、記者はもっとSNSなどを活用すべきだという意見など、活発な議論が展開され、京都新聞が3.11などの災害を読者に伝え続けることの意義およびその課題が明らかになった。
まとめ:本会事務局長、阿部康人


出席者感想
 今回の月例研究会では、東日本大震災から6年が経過した今、被災地ではない京都で、読者にいかに関心をもってもらうか、どのようにしたら震災報道を続けることが出来るのか。その困難に立ち向かうための苦労や工夫を知ることができました。
 発災から年月が経過するなか、「昔」と「今」、そして「これから」という時間軸の中で、災害についての京都の歴史、とくに地震についての考古学や歴史学上の発見などを絡ませながら、京都になじみの深い事柄や言葉に置き換えた形で、その伝え方の工夫をすることなど、多くの解決策を知るが出来ました。しかし、それは逆に考えると、被災地ではないところでは、このような工夫がなければ東日本大震災のことを伝え続けることがどれだけ難しいかということの証左ではなかったかということでもあります。
 私自身、今次の被災地で取材を続ける中で、現地の方の生の声を聞きます。震災から6年たった今も、避難生活を続けておられる方が多くあり、「被災地のことを忘れないでほしい」との願いが伝わってきます。
 しかしながらその声は、被災地から遠く離れたところまでは届きにくいというのが現実です。今回の例会で何度も耳にした「寄り添う」という言葉。被災地域に入り込んで、地域の皆さんの声に「寄り添いながら、何を伝えるか」。私自身にも言えることですが、その言葉の重みを、強く受け止めることが出来ました。ありがとうございました。
 西村公貴(京都府船井郡京丹波町役場情報センター)

第18回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年4月)

「トランプ大統領の『FAKE(作為情報)』連発とマスメディアの対応責任
発題者:渡辺武達(同志社大学名誉教授、当会会長)
司会:永井るり子(本会事務局、立命館大学社会人学生)
コメンテーター:齊藤修(京都新聞ホールディングス顧問)

開催日:2017年4月27日(木)18:30~20:00
会場:同志社大学寒梅館6F大会議室

 2017年度年次総会の後に行われた第18回京都メディア懇話会月例会では、渡辺武達氏(本会会長、同志社大学名誉教授)が「トランプ大統領の『FAKE(作為情報)』連発とマスメディアの対応責任」と題し、トランプ米大統領誕生以降の世界の現況およびメディアのあり方、報道責任について解説した。
 渡辺氏は、米国大統領選挙でトランプ大統領が支持された要因の一つとして、生活に精一杯で大所高所から「説教」しがちな新聞やテレビを信頼できない貧困層の増大を挙げた。米国だけでなく世界的に貧富の差が拡大する中で、マスメディアは社会でどのような役割を果たすことができるのであろうか。渡辺氏はマスメディアが重要な事実を伝えきれておらず、結果としてその社会的責任を果たせていないと強調した。一例として、氏は日本のマスメディアが安倍政権による情報操作(巧妙なメディア政治)に対しても本質を衝いた効果的な対応ができていないことを挙げた。
 加えて、渡辺氏は「トランプ流真実」への対処方法として、事実(出来事)と真実(社会的位置づけ)は異なるものであることを理解したうえで、一般的な意味での真実とトランプ大統領にとっての「真実」は全くの別物であるという点を把握する必要があると述べた。トランプ大統領にとっての「真実」は「『自分が儲けたビジネス』と『その時の経験知』」だけに由来するものであるという。同時に、渡辺氏は「すべての政府はウソをつく」という視点から、マスメディアは健全な民主制の妨げとなっている「社会病理」の医者になるべきだと強調した。最後に、渡辺氏は社会を構成する多数の人びとが社会的倫理規範を常識として考え、行動するようになるためにも、メディアの責任とジャーナリストを社会に送り出す大学の責任が問われていると述べた。
 発題を受けてコメンテーターの齋藤修氏(京都メディア懇話会理事長)は、米国大統領選挙ではマスメディアが健全な読者を育ててこなかったことが明らかになったと指摘した。加えて、「怪物」としてのインターネットの誕生により、読者はマスメディアに出ていないような情報に無料でアクセスできるような情報環境が生まれた結果、日本でも読者とメディアの信頼関係が揺らいでいると述べた。今後、マスメディアは読者の信頼を取り戻すために事実や真実の前にいっそう謙虚になる姿勢が求められるという。最後に齋藤氏は、大学とメディア、市民が今後一体となって社会的利益の充実のために協力していかなければならないと述べた。
 渡辺氏と齋藤氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問が出された。ある参加者による「トランプ大統領の女性問題が選挙後に取り上げられなくなった理由は」との問いに対して、渡辺氏は「①トランプ大統領の支持者はセクハラ疑惑が大統領の資質と直接関係しているほど悪いことだとは思っているわけではない②ヒラリー・クリントン陣営にも「夫・ビルの性的不適切行動」があり、セクハラ問題を争点にしにくい事情があった」と述べた。また、「トランプ氏個人に好感の持てる面があるときには、それについてメディアは報じるべきではないのか」という学生の問いに対して、渡辺氏は「メディアは『(特定の人たちのためだけではなく社会全体にとって)政治家としてどうなのか』という視点から、大統領について論じる必要がある」と述べた。活発な議論を通して、メディアの政治報道のあり方における課題が明らかになった。
まとめ:阿部康人(京都メディア懇話会事務局長、同志社大学社会学部助教)

出席者感想、その1
 今回の渡辺先生による発題は、来春からテレビ業界で働く私にとって大変興味深く、考えさせられる内容であった。特に、私が関心を抱いたのは、①事実と真実 ②国民の課題 ③メディアの役割についてである。
発題者によれば、物事の事実は多くあるが、「真実」は「事実」の数より少なく、ときには当事者の都合のいいものでもあるらしい。たとえば、ドナルド・トランプは自分に都合の悪い情報は「FAKE!」だと主張し、彼にとっての「真実」をSNSで発信する。それを彼のコアな支持者は簡単に信用してしまう。その背景のひとつには、国民の多くに情報の真偽を判断する知識=正当な判断力が欠如していることがあげられる。会場では、メディアと教育現場が密に協力していくべきだという意見が出たが、まさにその通りだと思う。なぜなら、情報の取捨選択の方法や必要性を学ぶことが、情報を見定める上できわめて重要だからである。
 また、アメリカでのメディアに対する信頼の希薄化についても話題にされたが、これは日本でも指摘される重要な問題である。最近、新聞やテレビよりも、ネットの情報を好む人が多くなってきている。確かに、自分の知りたい情報がいつでもどこでも、とりあえずは得られるネットの手軽さは便利この上ない。しかしながら、偏った内容や、責任が問われない匿名の提供情報を鵜呑みにしてしまうことがもたらす潜在的危険性には計り知れないものがある。
 だからこそ、これからの私は、自分の眼と足と肌感覚で得た、国民が知るべき情報の発信を心がけ、「あなたの情報だから信用できる」と言われるような発信者になりたい。改めてそう決心させられた有意義な時間であった。
 (同志社大学法学部政治学科 長岡里沙)

出席者感想、その2
 渡辺さんとは同志社大学の同期生だが、彼は大学院生時代から日本卓球協会の国際委員として後藤鉀二会長の通訳兼秘書として世界を飛び回り、多くの国際会議を経験、「学者」離れした学者である。特に 「ピンポン外交」を通しての中国の国際社会復帰にあたり、ニクソン米大統領やキッシンジャー補佐官の表のスターではなく、アメリカと中国の国交正常化交渉と日本の国内世論の支持をスポーツを通したという自負がある。
 もちろん当時は、日本と中国本土(Main Land China)とは国交がなく、大陸中国に行くには「中国渡航だけに通用する特別旅券」を外務省からもらう必要があった。当時の佐藤栄作(現安倍晋三総理の祖父・岸信介の弟)政権は台湾をRepublic of China として唯一の中国として承認、人民中国をアメリカに追従し、敵視していた時代。冷戦時代に取得した筆者のパスポート(1971年3月25日発行)には「このPassportはNorth Korea, Mainland China, North Vietnam, East Germany 以外の全ての国に有効」と明記されている。
 Fake News とトランプ大統領がいうアメリカの既成メデイアにも日本の大手メディアにも、主として政府の公式情報に依拠したFake Newsの面があったと渡辺さんは考えている。実際にNew York Times 東京支局長、マーテイン・ファクラーが指摘するように、今も日本の新聞には政府発表に依拠した報道が多い(『本当の事を伝えない日本の新聞』双葉新書、2012)。一方、渡辺さんは欧米を知るだけはなく、東側世界や中東・アラブ、インド洋セイシェル共和国のような小国からの視点をも持っており、News とは文字通り、物事を「North北、East東, West西, South 南」から見て報じる必要があるものだと教えてくれた発題であった。
(元貿易商社勤務 寺森義信)

出席者感想、その3
 最初に、トランプ米国大統領が選挙戦中に掲げた公約が本当に行われているのか?メディアはトランプ政治を社会的に正確に位置づけた報道をしているかという問題がトランプ氏の「FAKEメディア」批判に焦点を当てながら分析された。発題者は国際的にも活躍されており、メディア学科生である私にとって興味深いものであった。とりわけ、トランプ氏がメディアによる自分の希望する脈絡以外でのいかなる情報もメディアによる「FAKE」(作為的情報送出)攻撃だとして反論しているとの指摘が印象に残った。私自身、トランプ氏がある報道機関を名指しで批判している映像を見たことがあり、私にとってこの指摘は点と点が繋がり線となった感じで非常に納得した。
 一方で、メディアと政治家、そして市民という三者の在り方について改めて考えさせられることになった。今のトランプ氏とメディアとの関係であれば、十分な知識やメディアリテラシーを有していない市民はどちらが「FAKE」なのか理解がむずかしい。この状況は情報化社会の危機であると私は感じる。
 今後も、トランプ氏の「FAKE」そして、メディアの在り方について深く考察していきたいと強く思った。この気持ちを今後の自分自身の勉強の中でも忘れないでおきたい。
(同志社大学社会学部メディア学科 横田侑也)

出席者感想、その4
 今回の研究会に参加するまではFAKE(デタラメ)発言で世間を騒がしているトランプ氏が選挙でなぜあれほど支持されたのか不思議で仕方なかった。しかし、支持者はメディアを信用しない、「FAKE」を「FAKE」だと考えない人たちだと知り、今回、改めてネット社会の根本的問題に気づかされ、メディアリテラシー教育の大切さを感じた。日本では現在、若者のテレビ、新聞離れが問題となっているが、私自身も最近それを感じることが多い。
 私はメディア学科で学んでいることもあり、新聞に接し、読む機会は比較的多かった。しかし、他学部では就職活動を始めてから新聞を読み始める人がほとんどだ。私は若者の多くが新聞だけではなく、テレビを含む伝統的メディアから離れだした原因には2つあると思う。1つは「新聞」には大人が読むものという硬いイメージがあること。2つ目は「世の中の経済状況が悪い」と実感しにくいことが大きな観点から私たちに政治と社会の問題に関心を持たせないようにしているのはないかということ。
 新聞を代表とするメディアのなんだか「よそよそしい」イメージを払拭するにはメディア企業は大学などと提携し、たとえば「新聞活用セミナー」などを開き、学生をもっと惹きつける努力をするなど、読者に確かな情報の大切さを自覚させる「きっかけを作る」ことなどから始めて欲しい。そうすれば、プロが集めた新聞提供情報の社会的重要性がプラス面から理解出来るようになると思う。
(同志社大学社会学部メディア学科 梶木唯菜)

第17回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年2月)

「京都市日本語指導ボランティアから見た『移民』の子どもたち」
発題者:中堂規久子氏(地域日本語教育指導員・京都市日本語指導ボランティア)
司会:齊藤修(京都新聞ホールディングス顧問)
コメンテーター:渡辺武達(同志社大学名誉教授、当会会長)


 今月例会では、中堂規久子氏(地域日本語教育指導員・京都市日本語指導ボランティア)が「京都市日本語指導ボランティアから見た『移民』の子どもたち」と題し、自身のボランティア体験をもとに、共生社会の実現のために地域メディアが果たすべき役割について問題提起を行なった。
 中堂氏は、日本に移住してきた外国人及びその子供たちが学校や地域社会で直面している問題について自分の体験を基に解説した。日本に移住した外国人の保護者は日本語で書かれた学校からの手紙の内容を理解できないなどといった様々な事情を抱えているにもかかわらず、日本の学校/自治体等からの配慮はほとんどなされていないという。また、中堂氏はメディアについても、グローバル社会について 日常的に声高く語っているものの、地域で様々なバックグランドを持つ人々が共に暮らしていけるような社会を実現するための報道が十分になされていないと指摘した。最後に中堂氏は京都には大学教員などが多いことから外国人の子息が多くいるにもかかわらず、外国人小学生に対する日本語教育が十分でないことに加え、逆に日本語指導ボランティアの数も減少していると述べた。
 中堂氏の報告を受けて、コメンテーターの渡辺武達氏(京都メディア懇話会会長・同志社大学名誉教授)は、日本は「研修に名を借りて外国人労働者を低賃金で雇い」ながら、法律的保護を受ける「移民」や「難民」をほとんど受け入れていない現状を説明したのち、今回指摘の問題はそれらの矛盾解消に献身する日本人ボランティアを社会的にケアできていないことにもあると述べた。
 これらの発言を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の「メディアが(『移民』の置かれた状況を)取り上げなければ、自分たちでメディアを作れば良いのでは」という問いに対して、中堂氏は在日インドネシア人コミュニティーによるメディアを紹介した。活発な議論を通して「見なければならないものを見る」(齋藤修京都メディア懇話会理事長)というメディア関係者に求められる「現実の問題に向き合う」姿勢が明らかになった。
 阿部康人(京都メディア懇話会事務局長、同志社大学社会学部助教)

出席者感想1.
 発題者による外国人「労働者/移民」子弟に対する日本語教育から高校進学の世話までの地道な活動には頭が下がる。しかし何処の組織でも同様に、常に経済・資金面や人材面の問題がついて回り、ボランティアの情熱だけではどうにもならないという無力感を抱いておられることには心が痛む。私も患者会の活動をやってみて、やる気はあっても資金面がついてこなかったり、全ての会員を救えるものではなく、必ずドロップアウトする人も出てきたり・・・というジレンマも組織上の悩みである。
 残念ながら、さほどセンセーショナルな話題でもない「移民」子弟の言葉・習慣の壁やそれらに起因する学力低下の問題は、テレビのプライムタイムに取り上げられる話題とは言い難く、指摘されたようにマスコミ全体の問題点であろう。また当該問題は、これらのマスコミの無関心に加え、「自治体の国際化」という面からも再考すべきで、自治体が音楽やスポーツによる小中学生の国際姉妹都市間交流などのきれいごとだけを目玉にするのではなく、真の意味での多文化共生社会に向けた予算注入をすべきだろう。
 神戸在住の時に、近所の中華料理店の子が通うカナディアンアカデミーは地域に公開される「外人子供歌舞伎」で有名なインターナショナルスクールだったが、こうした地域への融合策を講じるのも自治体・学校の役割だと思うし、その広報こそがマスコミの役割だろう。
 永井るり子(本会会員、立命館大学社会人学生)

出席者感想2.
 「親の事情で日本へ来る児童の学習言語が覚束ない。彼ら彼女らへの手厚いケアこそが共生社会への喫緊の課題である」。京都市内の小中学校で日本語指導ボランテイアとして活躍されている発題者からの問題提起は、国際教育現場に身を置く自分に心底から共感できるものであった。しかも、それらの解決の現場の多くがボランティアにその負担になっている。
 行政が消極的な対応しか出来ない理由としては、①多言語に対応できる専任教員を雇用する「費用的な問題」、②学校現場が学習障害や不登校といった他にもケアが必要な生徒の対応に手一杯であるという「現場の困難」、そして義務教育終了後の進学時に発生する「中高接続問題」により、外国籍の子女は受け皿を失うケースが多いということも報告された。思春期のアイデンティティ危機を迎えた子どもたちは、家庭環境の複雑さ、経済的な困難さも相まって、反社会的な方向へ向かうこともしばしばで、それらが複合的に入り交じり共生社会の実現を阻んでいる。
 筆者の勤めているインターナショナルハイスクール(大阪市天王寺)は各種学校ではなく、専修学校高等課程という全日制学校で、文部科学省から大学入学資格付与権を与えられている。「ウチのようなニッチな存在の学校が受け皿になることが出来れば良いのだが・・・」とも感じたが、実現は難しいと思われる。なぜならば本校在籍生徒の大半は日本の中学卒業直後の日本人生徒であり、入学の条件として「小学校卒業時程度の漢字の読み書き」を課しているからだ。今までにも「日本語指導コース」の新設が検討されたこともあるが、先述の2つの理由で実現の見通しは立たない。とどのつまり、予算不足の問題になるのだが、現状放置を続ければ、今後、日本の教育行政の二重性がますます問われるようになるであろう。
 松尾祐樹(本会会員、関西インターナショナルハイスクール教務主事)

第16回京都メディア懇話会月例研究会報告(2017年1月)

「いま、新聞が問われていること——全国紙の地方支局で考える」
・発題者:八百板一平(やおいたいっぺい、朝日新聞草津支局長)
・コメンテーター:澤田亮英(京都新聞報道部)

 第16回京都メディア懇話会月例会では、八百板一平氏(朝日新聞草津市局長)が「いま、新聞が問われていること―全国紙の地方支局で考える」と題して、自身の取材体験をもとに 全国紙に取材される機会の少ない地域およびテーマに関する記事を書く意義について述べた。
 氏によれば、米軍岩国基地(山口県岩国市)から約六キロの瀬戸内海上にある阿多田島(広島県大竹市)における軍用機による騒音被害を取材した際に、 全国紙の新聞取材網から漏れがちな地域を取材することの重要性を認識したという。朝日新聞は全国紙とはいえ新聞取材網が網の目のように全国に張り巡らされているわけではない。たとえば、九州本社と大阪本社の管轄範囲「境界」にある地域では重要な出来事が起きていても取材ができず、記事にされないこともあると述べた。
 続いて、八百板氏は大津総局で戦争体験者を取材した経験から、さまざまな戦争体験を新聞記事として残すことの意義について述べた。 亡くなった人が少ない戦時中の出来事は歴史の中に埋もれてしまう傾向が強いことから、新聞には「戦争」を直接体験していない人々の戦時中の記録を残すことの意義がある。加えて、全国紙が過疎地域のニュースを掲載することの意義についても、全国紙が過疎地のもつ共通の課題や多面的な可能性について報じることの重要性も指摘した。
 最後に、「いま、新聞ジャーナリズムに求められていること」として、ネットがこれだけ普及し誰もが情報発信できる時代だからこそ新聞記事のような、長年培ってきた社会的重要度の基準によって編集された情報の提供という役割も重要だし、今後は編集者だけではなく記者自身も記事のレイアウトなどといったふだん読者が考えない編集現場の様子なども読者に説明できるようにならなければならないと指摘。そして、記者が現在起きている出来事を歴史的文脈で捉えることの重要性や、記者が一見「退屈」だが「重要な」出来事を面白く読んでもらえる工夫をすることの必要性を強調した。
 八百板氏の報告を受けて澤田亮英氏(京都新聞編集局報道部)は、地域紙の記者であっても地域の集落などに入り込んでじっくりと取材をするのは簡単ではない。記者は自身の読者および取材先の方々にも「(記事を読むことで)何かに気づいてもらえる」ような記事を書くことが重要だと強調した。
 その後の参加者からの質問・コメント時間には、(ほかのメディアでは難しい)新聞のノンフィクション風の解説記事の特性に関する質問が出された。八百板氏は新聞には日付があるため、「8月ジャーナリズム」(戦争関連記事)などと言われることがあるものの、日付にニュースを絡めて「確信犯的」にノンフィクション仕立ての記事も掲載できるのが新聞の強みだとも述べた。その他、全国紙記者としての八百板氏の取材先に対する立ち位置に関する質問が出たが、氏は地域の単なる傍観者でいるのではなく「地域の視点から全国紙で記事を書けば、掲載面によっては全国で読んでもらえる・・・」ことに全国紙記者としての仕事の意義を感じていると述べた。活発な議論を通して全国紙の地域報道のあり方におけるさまざまな可能性と課題を明らかにする月例会となった。
 阿部康人(京都メディア懇話会事務局長)

出席者感想1.
仕事上、これまで出会ってきた全国紙の記者の大半は、京都や滋賀の支局に勤務していた人たちである。社会面に載るようなインパクトのある話題以外には関心が低い記者が多い中で、八百板さんの姿勢は異質である。上から目線もその場しのぎの軽さもなく、地域に向けるまなざしが温かい。
米軍基地や戦争、人口減少という問題を地方の視点でどう考えるかを提示された報告は、京滋の行政や政治を取材している私にとって貴重な助言となった。ただ、八百板さんも私も、読者数の違いを横に置けば、地味な問題をまじめに考え、丁寧に書いてもどこまで伝わるのかと常に葛藤しているのだと、勝手に共感した。
事実の歪曲や過度な演出なしに、いかに「面白く」報じるか。日々探ってもなかなか確信がつかめないが、探ることをやめれば新聞を手にする人はさらに減るだろう。そんな思いを新たにした。
 澤田亮英(京都新聞報道部)

出席者感想2.
京都メディア懇話会に参加し早くも2年以上が過ぎたことに改めて驚きを覚える。飽きっぽい私としてはよく続いている。その訳を考え、近年失われつつある「奥行き」に気付いた。この会で発題者から語られる内容は、自分の知識で咀嚼するには荷が勝ちすぎるものもありはするが、向学心を触発されるものが多い。発題者の話に時間を忘れるもの、発題の後の質問や意見交換に惹きつけられるものなど様々だ。間違いなく、今日失われつつある「参加者が思いを語る楽しみ」の精神が脈々と受け継がれている。
 今回は、望んで支局勤務を続けられる朝日新聞記者八百板さんが、ご自分の取材姿勢を丁寧に語られた。私はその記事から市井の民の人生を感じた。人に寄り添い、伝統に足跡を見出し、現在的に掘り起こす。そこには間違いなく学びがある。書き物には人柄が現れると私は信じている。幾ら他人の手が加わっても底流に流れる思想まで変えることは出来ないからだ。
 投稿の採用を巡り、私は朝日新聞社から「クレーマ-」とされているようだ。一時は感情的になり腹立たしさに購読を中止したが、こうした若い記者さんたちや困難な宅配に就かれている販売所のひとたちを思い遣ると、報道や言論の自由の有難さが身に染みる。
 大谷重信(本会会員)

出席者感想3.
 全国紙に取材される機会の少ない地域に目を向ける八百板さんの姿勢は良いものと感じました。その一方で日本の新聞は売上げや収益の上で危機に瀕している事実。新聞社は、収益と取材網の双方を維持する新しい方法も模索する必要があるとも思いました。現状では朝日新聞もLINEFacebookにニュースを配信して小額の収益を上げているようですが、朝日新聞のデジタル本部が手がけているwith newsなど、広い取材網を活用した新しいニュースメディアの模索の試みも面白い。
 ただ団塊世代の高齢化と、情報技術の使用に慣れた世代の中高年化とともに、新聞社の収益と取材網の双方の縮小は、より切実な問題になるでしょう。他の新聞に比べると朝日新聞は定期購読者数も多く、まだまだ守られた立場にありますが、ご指摘のように、どれを記事にするかで地域の将来を左右する、強い権力を有していると思われる一方、月刊『ジャーナリズム』の論考に比べると、時に書き手の立ち位置や責任の所在があいまいで、取材や論が「ゆるい」記事が散見されるとも感じています。
 地方紙も最近では全国紙に対抗して、地域色を強く打ち出した紙面を展開しています。八百板さんのように若く志のある全国紙の記者が、地方でも、切磋琢磨してよい記事を重ねることを期待しています。
 酒井信(文教大学情報学部メディア表現学科)

第15回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年11月)

「調査報道の新しいかたち」
大西 祐資(おおにし・ゆうじ)氏

まとめ:第15回京都メディア懇話会月例会では、 大西祐資氏(京都新聞南部支社長兼編集部長)がパナマ文書報道における調査報道のあり方を題材に調査報道の新しいかたちについて報告した。
 大西氏によれば、2016年はパナマ文書報道により「ジャーナリズムの歴史に刻まれる年」となったという。通常、報道機関が同業他社と協力して調査報道を行うことは極めてまれであるが、パナマ文書報道は75カ国超における100の報道機関、のべ400人のジャーナリストが連携して行った「別次元の調査報道」であった。膨大なデータベースに加えて、セキュリティー上安全な情報交換フォーラムを作成するテクノロジースタッフのサポートもあったことから、パナマ文書報道はアイルランドの首相辞任などに象徴されるような大きな成果をあげることとなった。大西氏がインタビューをした日本に関わる内部文書を分析したジャーナリストの一人は「ジャーナリストも国境を越えて連携しないと(権力に)太刀打ちできない」とジャーナリストの協調の重要性を述べたという。
 つづいて、大西氏はパナマ文書報道を可能にした国際調査報道ジャーナリスト協会(International Consortium of Investigative Journalists: ICIJ)などの非営利組織によるジャーナリズムの役割について報告した。大西氏によれば、①既存メディアが凋落しジャーナリストがNPOへ活躍の場を求めた②米国にある寄付文化という二つの主要な要因が非営利ジャーナリズムの台頭を支えているという。一方で大西氏は、日本の調査報道の現状として①「特オチ」への過度の恐れなどといった「メディア企業内文化」要因に加え、②経営難による記者デスクの減少といった制度に特徴的な要因により調査報道へのシフトが難しいと指摘した。しかし、日本でも現行の巨大メディアに所属するジャーナリストではその実行が容易ではない「公開情報を利用した」非営利ジャーナリズムが生まれてきているという。最後に、大西氏は調査報道がなくなることは、権力監視ができなくなることを意味し、民主主義社会をあやうくする可能性があると指摘した。
 大西氏の発表をうけて、京都新聞報道部の峰政博氏は現場の声として、人手不足が原因で新聞による調査報道が難しくなってきているという現状を報告した。調査報道を基にした年間連載を行いたいという声も若手記者のなかにはあるものの、調査報道には「(記事として)形になるかわからないというリスク」があるという。
 大西氏および峰氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。オーディエンスの一人からは、パナマ文書報道が暴いた巨額の脱税の摘発などというのは、本来であれば検察の仕事であって、ジャーナリストらが検察の仕事を担うことで世論誘導をしてしまうような社会にはリスクが生じるのではないかというコメントが出された。また、ジャーナリストらが情報提供者によって利用された可能性もあるのではないかという質問に対しては、大西氏は調査報道をするジャーナリストにとって誰かからの情報提供は必要なものであり、情報提供なしに調査報道を行うのは難しいと述べた。さらに、司会の十倉良一氏(京都新聞シニア論説委員)の紹介により小黒純氏(同志社大学社会学部メディア学科教授)は情報公開制度を駆使して大津市役所と自治会連合会との不健全な関係等を調査する「大津WEB新報」の活動について報告した。活発な議論を通して調査報道のあり方におけるさまざまな可能性と課題が明らかになった。
 なお、発題者らが取り組む日本の調査報道活動をより詳しく知りたい人は以下を参照されたい。高田昌幸・大西祐資・松島佳子編著(2016)『権力に迫る「調査報道」』旬報社。
阿部康人(本会事務局長、同志社大学社会学部助教)

出席者感想1.
 パナマ文書の報道により、新たな調査報道のかたちとその力の大きさを思い知った。発題者の大西さんによれば、アメリカの報道の姿は日本のそれの15年先を行っているとのことなので、このままいけば日本もアメリカのように既存メディアは凋落していってしまう。その上、また、寄付文化など各国のように非営利ジャーナリズムが成立する土壌もあまりない。そんな中で、これから日本の報道が在り続けるには、既存メディアや非営利ジャーナリズム団体、さまざまな報道機関が、支えあいながら共に報道を担っていくことが重要になってくると感じた。競争も時には必要だが、潰しあうような競争をしている場合ではない時代なのだなと思った。
初めて参加させていただいたが、来年度から報道に関わって働くにあたり、大切なことを学ぶことができたと同時に、自らの勉強不足も痛感した。将来自分も調査報道に携わりたい。そのために、知識をつけ、様々な現場で足腰を鍛えていきたいと強く思えた良い機会となった。
 大西成美(奈良女子大学生活環境学部4回生)

出席者感想2.
 調査報道のこれからにおいて既存のメディアはどうあるべきなのか、来春から新聞記者として働く筆者にとって、非常に有意義な時間だった。
 調査報道は時間も労力もかかる。そもそも、手間をかけても紙面に載せられるほどの収穫があるとは限らない。取材や原稿の作成などの多忙な日々を過ごすなかで、調査報道のための資料の収集・分析にどれほどの余力があるのだろうか。しかし、調査報道をせずにただ起こった出来事のみを垂れ流す報道機関に存在価値を見出せはしない。とりわけ情報発信の速さにおいて、テレビとネットにはるかに劣る新聞では調査報道の重要性を過小評価するべきではない。
 何をネタにするのかが肝要なのは言うまでもないが、どのように取材・調査するのかということも同様に疎かにしてはいけないと感じた。その最たる例がパナマ文書の報道だ。パナマ文書それ自体が世界を揺るがすスキャンダルだということもあるが、新聞社、通信社などの垣根を越えて情報を共有し分析・報道するという形にはこれからのメディアの在り方に大きな可能性を感じた。
 もちろん、駆け出しの記者になる筆者は、まず取材のイロハから学ばなければならないのは言うまでもないが。
笠原良介(大阪市立大学大学院文学研究科言語文化学専攻言語応用学専修2年)

出席者感想3.
 日本の大手新聞社はほとんど調査報道を担う取材チームを持っている。「調査報道」とは何か。行政や政治、大企業など権力や権威あるものが隠している事実を、自らの責任で取材し公表することで社会問題を掘り起こし深めるもの、「発表報道」と一線を画するものと言える。「パナマ文書」は政治・経済界など各国の要人達による租税回避「錬金術」を暴いたもので、その始まりはパナマにある法律事務所の内部文書のリークからであった。
 大西氏は「パナマ文書」報道は、調査報道の新しいかたちであり、別次元の調査報道だと提起された。その理由として①国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に持ち込まれ、加盟する107社(80か国)、400人のジャーナリストが連携したこと。②テクノロジースタッフのサポートがあったこと。③大きな成果をあげたこと、をあげられた。
しかし現在のわが国をみれば、経営難や記者の数が減少し、調査報道の比率は低くなる傾向にあるとのこと。政府による報道機関への見えざる圧力が強まりつつあるように見える今日、記者個人や各社の問題、国際連携が可能かなど課題は多い。
木村正孝(京都府地球温暖化防止推進員)

第14回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年10月)

 
今回は中田健一氏(元・神戸新聞社メディア局長/元・京阪神エルマガジン社社長)が、阪神淡路大震災直後の神戸新聞社について自らの体験を交えながら報告した。

 1995年1月17日午前5時46分に起きた阪神淡路大震災により、神戸新聞は壊滅的被害を受けた。三宮の本社ビル(新聞会館)の全壊に伴いコンピューターによる製作フォーム(CTSシステム)も完全にダウン、製作センターの印刷機器も一部損壊、さらには社員も被災者となった。このような壊滅的被害状況にもかかわらず、 震災発生当日午前7時に神戸新聞は、京都新聞との相互支援協定によって京都新聞に新聞発行援助を依頼、当日の20時には夕刊を刷了したという。

 中田氏は震災発生時には東京支社にいたが、自らの体験に基づいて東京支社の状況についても報告した。震災直後の東京支社では、震災による危機的状況により「神戸新聞が潰れるという空気」があったという。最後に、中田氏は神戸での復旧への取り組みのなかで京都新聞が果たした大きな役割について指摘した。神戸新聞と京都新聞による合同連載企画「生きる」はその年の新聞協会賞を受賞している。

 中田氏の発表を受けて、コメンテーターの齊藤修氏(京都メディア懇話会・理事長/京都新聞ホールディングス顧問)が、震災当時に京都新聞社会部デスクであった自らの体験に基づきながら、阪神淡路大震災直後の京都新聞と神戸新聞の連携について述べた。震災直後の京都新聞と神戸新聞の連携が奏功したのは「幸運が重なったことが大きい」と指摘したうえで、この過去の歴史を「幸運」とするだけで終わるのではなく、メディアの社会的責任という見地から震災時におけるメディアのあり方を議論する必要性があると述べた。

 中田氏の報告と齊藤氏のコメントを受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の一人による震災直後の神戸新聞の配達状況に関する質問に対して、中田氏は被災地域の新聞販売店では、宅配できない神戸新聞を避難所である学校などに持って行って配布したと述べた。また、他の参加者からは、阪神淡路大震災の記憶が風化するにつれて若い記者(および将来世代)への教育の重要性が指摘された。また、ほかの参加者からは防災のためのメディア連合の必要性が指摘された。来るべき南海トラフ地震を念頭に活発な議論を通して災害時におけるメディアの課題が示された。(まとめ:阿部康人、京都メディア懇話会事務局長)


出席者感想1.
 神戸新聞は地震により自社設備に損害が生じ、協定に基づき京都新聞の協力で4ページの夕刊を当日発行したとのことであった。当時の被災者にとって、自分たちが現在進行形で体験している被害を報じる当日の新聞の発行にどのような意味があっただろうか。新聞は速報性に劣るがたしかな情報を確認しながら読めるし、神戸の現場では電気も水道もガスも途絶した中、無料配布された新聞は大きな心の救いとなったであろう。しかし同時に、お話しを伺いながら、新聞だけではどうにもならない状況を今後どのようにして減災に結びつけられるのかと考えざるを得なかった。

 私は神戸の震災後に生まれたが、その震災が悲惨であったこと、災害に備える必要性といった基本は忘れてはいけないと思う。その思いは今回の勉強会で、当時の現地新聞社が困難な中でも発行を続け、後世に情報を伝達した働きを知ったことにもよる。普段メディアという視点を通して物事を考えることがあまりない筆者にとっては良い機会となった。西俣結貴(同志社大学法学部3回生)


出席者感想2.
 長らく新聞社におられた方々からの色んな知らなかったお話を聞けてとても刺激的だった。私は地震を直接経験したことがなく、地震の怖さを身を持って知るということはないのだが、親や親戚から話を聞いていると自分が今住んでいるところにも地震が襲い、家具が倒れたという、今では想像できないようなことが実際あったようだ。

日本の環境からしても天災というのは珍しいものではないが、備え不足により被害が大きくなる場合もあるなど過去の教訓をまだ十分に活かし切れていない。そうならないためには、今回お邪魔させていただいたような地震などの天災の恐怖を感じられるようなイベントのようなものに参加することも私にとっては1つの対策だと思う。

今までは自分より年上の方しかいないような場に行って勉強するという機会はなかった。そういう場では自分が思っていた以上に発言を求められる機会が増えると思う。常日頃から問題意識を持って過ごすことで突然求められても対応できるのではないかと思う。これからは発言能力も磨いていきたい。
寺岡良輝(同志社大学法学部1回生)


出席者感想3.
 東日本大震災の現場で入手した「3.11」河北新報を月例会場で回覧させていただきました。現在は大阪産業労働資料館で社会運動資料の保存整理をしていますが、阪神淡路・東日本震災とも現場に出向いて当時勤めていた管材料メーカーとして下水道・農業用水の管路調査・復旧に携わりました。中田さんのレクチャーから感じることは神戸新聞自体が被災企業であり、記者自身が被災者という立ち位置からのものごとがはじまるということです。メディアは大半の場合、安全地帯の取材基地をベースに取材に当たり、高所大所からものを論じるケースが多い。しかし、震災は被災を共有することで被災者の目線が自然と芽生えたのではないでしょうか。さらに齋藤さんの東日本震災における河北新報の取り組みのコメントについてですが、河北新報が新聞の単線回路だけでの「伝達」だけでなく、裏取りをしたうえでのSNSやツイッターでの複線回路での「伝達」で安否・安全情報を伝えていくことで「総体として何かを伝えていく作業を粘り強く続け、一過性でない継続した震災報道に進化していった」のだと感じています。3月12日に仙台駅で停電のため、電子式のコインロッカーを客の認証資料を確認してバールでこじあける姿は、地震で電気を用いるメディア・ツールが使えなくなった光景であり、従来的取材、発信手法を超えた手段によって対応していった河北新報の取り組みも、今後、全国紙よりも県域紙・地方紙にとっての有益な事例として検証されていくと思う。
(森井雅人:大阪産業労働資料館=エル・ライブラリー)

第13回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年9月)


 今回の例会では、 村上祐子氏(KBS京都取締役)がKBS京都を事例として、京都におけるAMラジオのこれまでの歩みと現状について報告した。

 1951年12月24日、民間放送としては5番目にKBS京都(当時はラジオ京都)は烏丸二条で開局した。村上氏によれば、草創期のAMラジオは一人で聴取するメディアではなく家族で楽しむメディアであったという。開局一周年で公開録音を行い、1963年に西日本初のサテライトスタジオを開設したのちも、KBS京都は地域のAMラジオとして京都フォーク音楽文化のサポートに加え、京都の若者を眠らせない「深夜京都」、交通事故を減らすための交通安全キャンペーン「かたつむり大作戦」などさまざまな番組を通して地域文化を担ってきた。2010年以降も、難聴取問題の解決のためにIPサイマルラジオサービスのラジコ(Radiko)に参加するなど積極的に聴取者の拡大に務めてきているという。

 村上氏の報告を受けてコメンテーターの新村章氏(KBS京都元専務取締役)が、ラジオのおかれている厳しい経営状況について述べた。ラジオの広告費の減少に加えて、ラジオ受信機数の減少およびラジオを聴かない若年層の増加という厳しい現状がある点を踏まえながらも、新村氏はローカルラジオ局の自社制作番組の割合がローカルテレビ局よりも高いと指摘するとともに、災害時におけるラジオのメディアとしての強みを強調した。ローカルラジオにはとりわけ地元からの信頼が不可欠だという。

 村上氏および新村氏の報告を受けて会場のオーディエンスからもさまざまな質問とコメントが出された。参加者の一人による「過去の番組のアーカイブが残っているのか」という問いに対して、村上氏は、過去に賞をとったような番組は残っているものの、ほかの番組はアーカイブとして残っていないと述べた(ラジオ番組はディレクターの個人番組のようなところがあり、過去の多くの番組は担当ディレクターの「私物」となっているのが現状だという)。またほかの参加者からはラジオの魅力を伝えていくためにも、ラジオそのものを研究する学者をつくる可能性があるのではないかという意見が出された。この意見に対しては、ほかの参加者から民放がラジオの経営データを出さないため、日本におけるラジオの研究は困難であるという指摘がなされた。活発な議論を通してローカルラジオの課題と可能性が示された。(まとめ:事務局長・阿部康人)

出席者感想

 ラジオの魅力とは何だろうか。情報量では動画に劣り、条件によっては難聴問題等により、情報が正確に伝わりにくい。快適で便利なメディアとは言いがたく、とくに若い世代にはなじみが薄く、もはや「過去のメディア」のようだ。しかし、今なお新しい番組が生み出され、着実なファンが存在する。
 筆者は最近アナログレコードにハマっている。恐る恐るレコード盤をスリーブから取り出し、ターンテーブルを回し、針を落とす。するとプチプチというノイズと共に、どこか人の手の温もりを感じる音楽が流れだす。面倒くさい作業かもしれないが、ラジオも同じではないかと感じる。ラテ欄をチェックし、アンテナを伸ばし、ダイヤルを回してベストな周波数帯を探る。
 ゼンマイ式腕時計のメンテナンス、豆を挽いて飲む珈琲の美味しさ。人の営み、余暇とはこういう「ひと手間」に魅力があるのかも知れない。(関西外語専門学校社会科教諭 松尾祐樹)

第12回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年7月)


 今回の月例会では、 勝野宏史氏(同志社大学社会学部准教授、メディア人類学)が「アメリカにおける日本のポップカルチャーの受容」と題したテーマで、多くの図像や動画を使って報告した。
 ポップカルチャーとは漫画やアニメ、映画、ゲーム、ポピューラ音楽などを言うが、いま日本発のポケモンやハローキティ、ゴジラ、スーパーマリオなどが欧米、アジアで広く消費されている。米国のアニメ・コンベンションでは大勢のオタクが詰めかけ、東京のアニメショップには海外観光客が「聖地巡礼」として訪れている。
 こうした日本のポップカルチャーに対する研究は、国内ではなく米国で始まった。1998年に米国留学すると、アリゾナのビデオ店で日本コーナーに出くわし、テレビでドラゴンボールを見た。そうしたことが、私の問題意識を喚起し研究に向かわせた。
 日本のポップカルチャー受容の歴史を振り返ると、戦前の玩具輸出に始まる。第1次世界大戦後、敗戦ドイツに代わって米国メーカーの発注に応えた。担ったのは寺社の金具製作の伝統産業の職人であった。戦後の占領期には進駐軍が廃棄したブリキなどが使われた。1960、70年代は鉄腕アトムやジャングル大帝、ゴジラ、ウルトラマンなどが米国のローカルテレビ局で放映されるようになる。大衆娯楽が映画から茶の間のテレビに移り、子ども番組の需要から日本のアニメに目が向けられた。90年代には日本アニメは世界に広がり、ポケモンブームが起きた。
 これらのアニメや映画ではオリジナルが改変され、日本製であることを消して米国仕立てになった。戦争への反省、米国へのあこがれから日本アニメは文化的無臭性、無国籍的だったことが、米国にとって都合が良かった。米国製のように見せたのは、かつての敵国に対する抵抗感がまだ残っていたからで、改変は日本では問題にされない暴力や性的シーンが米国では子ども番組のテレビコードに抵触したからである。90年代以降のグローバリゼーションで日本アニメは世界に拡散するが、それは米国が発信源になって、米国で改変されたアニメであった。
 日本に対するイメージを米国の雑誌、映画でみると、1960年代までは古い伝統や芸者に向けた好奇な目がある。日本製に対する「安かろう悪かろう」の意識がみられ、そこには日本の対米追従という力関係があろう。しかし、80年代に入ると雑誌表紙にサムライが登場するなど日本をライバル視するようになる。自動車や電化製品が世界に広まり、日本製品の高品質・高技術が認められてくる。近未来を描いた米映画「ブレード・ランナー」やウイリアム・ギブソンの小説に登場するのは日本である。日本は未来をイメージさせる国ととらえられていた。
 21世紀はネット時代となり大きな変化が起きる。大人になったアニメファンが求める改変前のオリジナル版が、深夜番組やネットに流れるようになる。2010年以降には日本のポップカルチャーに対する受容は多様化し、アニメ発祥の国を見たいという観光客が増えている。最新の雑誌表紙を見ると伝統と先進が入り混じった日本が描かれ、奇妙でクールな国というイメージに変わっている。
 報告を受けて、コメンテーターの阿部康人氏(同志社大助教)が、クールジャパンを求めて多くの外国人観光客が訪れる京都をめぐり、地域メディアは京都の良いところを伝える必要がある一方で、それが京都のネガティブな面を隠蔽してしまわないか、といったジレンマを抱えていると指摘した。

 続いて会場から質問を受けた。江戸時代の階層を翻訳するのは難しく、歴史的背景が分からないと理解できないことがあるが、アニメなどではそうした例はあまりない。米国では人種差別に特に気を付けている。世界に展開する任天堂やソニーといった企業は各地域に合わせて製品を改変する戦略をとっている。文化の改変は国力の差によってもたらされるが、ネット時代にはそうした関係はフラットになった。日本は90年代以降、文化の魅力によるソフトパワーを重視し、日本商品のファンを増やすことに注力している。ネット時代になりファンの力が大きくなっていることに注目する必要がある。(まとめ、事務局次長=企画担当 十倉良一)

出席者感想、その1

『おもちゃを与えられることはなく、テレビは「知能低下」(かつて「一億総「白痴化」といった評論家や逆に一億総「博知化」といった学者もいる」の源泉、漫画は絵と、文字以外のメディアを避けて暮らしてきた。それほど、テーマとされた「ポップカルチャー」とは無縁の人生を私は歩んできた。そんな私だが、1940年代からの玩具産業が仏閣の飾り物などを専門とする職人たちが発展させたという話が起点となって聞き入った。どうやら文化と産業は切っても切り離せないものらしい。しかも、アメリカ側から日本を見るという視点が面白い。当然アメリカの倫理観や生活思想が色濃く反映されたものに加工される。だが、情報のグローバル化が進むと生のものが出回り、作品の国際化が国籍を薄める。整然とした流れだが、体系的に整理されて初めてストンと落ち興味も湧く。
 この例会の楽しさは、個人の得手不得手に関わらない発題の広さ奥行きにある。それに発題者の表情や語り口が、自然と学ぶこと知ることの喜びを発散させリードしてくれる。ただし、ときおり、発題内容と関係の薄い質問の繰り返しが見られ、自分自身の反省の場にもなっている。多くの方が楽しみながらまなべる場として参加されることに期待したい。(大谷重信)

出席者感想、その2

 発題者の勝野先生は 文化人類学専攻で アリゾナ大学に他の目的で留学されたが、アメリカで紹介されている日本のポップカルチャーが、日本的な文化が消されて無国籍に編集しなおされているのに気づき興味を持ち研究を始められた。日本的「要素」がないほうがアメリカ社会で受容され、ビジネス(商売)になるからであった(ゴジラ、ウルトラマン等)。しかし“おしん”のドラマはアメリカでは受け入れられていない。反対にそれがイランでは流行ったとアメリカで聞いた。スタジオジブリのアニメは宗教の聖地を訪れるように観光の名所になっている場所を取り上げることもあり Cool Japan の魅力の一つになっている。アメリカではもともとデイズニーや ハローキテイの文化がありポップスを受け入れる文化がある。今後日本のポップカルチャーが21世紀のアメリカや他のアジアの国々にどのように受け入れられ、変遷していくのか、大変興味をもったすばらしい発題であった。芸者やサムライから脱皮して新しい先進的なものが入っているポップカルチャーがこれから外国でどのような変容を見せるのか?日本の新しいソフトパワーの一つになるといいのだが…(寺森義信)

ゲスト略歴:勝野宏史(かつのひろふみ)1973年福岡市生まれ。獨協大学・アリゾナ大学卒。ハワイ大学で修士号・博士号取得。同志社大学社会学部助教、大阪経済大学人間科学部准教授を経て2016年度より現職。専門は文化人類学。メディア文化論。

第11回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年6月)


 第11回月例会では、 太田航平氏(NPO京都コミュニティー放送理事・京都ラジオカフェ株式会社代表取締役)が京都三条ラジオカフェを事例としてNPO法人によるコミュニティー放送局の社会的役割とその可能性について報告した。
 冒頭、太田氏は自身が日本初のNPO法人による放送局を開局するに至った経緯を話した。太田氏によれば、環境NPO活動に従事していた際に、自身の活動を日本のメディアによってゆがめて報道された体験が一つのきっかけとなって、市民がメディアを持つ必要性を痛感したという。京都にFM79.7京都三条ラジオカフェ(以下、京都三条ラジオカフェ)を開設した理由は「街中の機能を一つ増やしたい」と思ったため。「自分事を社会事にするプラットフォームとしての放送局」を目標にして、幅広い市民から資金を募り、2003年に市民が自分の番組を自由に制作できる 京都三条ラジオカフェを開局した。
 その後、太田氏は京都三条ラジオカフェによるこれまでの番組制作について紹介した。大学生の「地域に関わっていきたい」というニーズに応えるために大学と地域を結びつけるための実験をしたことなどを含めたさまざまな具体的な事例を通してコミュニティー放送局の現状を報告した。
 太田氏の報告を受けて、コメンテーターの十倉良一氏は、コミュニティー放送局をメディアの民主化運動/市民メディアの歴史的文脈に位置づけて解説したうえで、国家が放送局に法的側面などで影響力をもっている現状を指摘したのち、コミュニティー放送局が抱える課題を資金と人の問題であると述べた。
 太田氏の発表と十倉氏のコメントを受けて、会場のオーディエンスからも質問とコメントが出された。参加者の一人による「コミュニティー放送局はマスメディアとどのように関わっていくべきか」という問いに対して、太田氏はコミュニティー放送局の役割として①より多くのオーディエンスを求めることを目標にするのではなく②市民の一次情報を発信できるプラットフォームとしての機能を担うことに専念することと指摘したうえで、コミュニティー放送局でマスメディアには取りあげられない情報を地域の人に発信してもらうことの社会的意義を強調した。ほかの参加者からは、市民がつくった放送番組の放送内容に苦情が出た場合の放送局としての対処について質問が出たが、太田氏によれば聞いている人がほとんどの場合、市民自身が制作/出演した番組のファンということで、「ほとんど苦情はない」という。最後にコミュニティーラジオの課題としては、番組制作をしている人たち(学生など)があまりラジオを聞いていないことなどが挙げられた。活発な議論を通してコミュニティーラジオの可能性と課題が示された。(まとめ、事務局長:阿部康人)

参加者の感想、その1:
 何かを伝えたいと思う市民が、不特定多数の市民に向けて呼びかけられる。そんな情報空間は市民社会の悲願であり、わたしには京都三条ラジオカフェがその実験をされているように思っていました。
ただ、太田さんの話を聞いていて、番組の「島宇宙化」がひとつの課題なのかなと感じました。番組は「送り手」の興味関心ごとに作られ、それぞれ固有のリスナーがついている。でも、苦情らしい苦情がない。その理由を問われた太田さんは、関係者しか聴いていないのではという主旨の応答をさないました。わたしはそこにひっかかりを感じました。
 市民の情報活動は広がりにくいと言われます。市民活動のチラシを手に取るのは、結局、関係者だけという笑い話もあります。米法学者C・サンスティーンは、ネット空間で議論が島宇宙化し、「炎上」する問題を論究しています。パブリックな言論空間であるラジオカフェには、番組横断的あるいはリスナー横断的なオープンなコミュニケーションの仕掛けが必要なのかなと思いました。
 わたしはメディアとNPOとの「協働」を研究しています。その経験から、NPOのミッションやアドボカシーが、マスメディアのジャーナリズムに架橋できるものと信じています。(畑仲哲雄、龍谷大学社会学部・大学院社会学研究科准教授)

参加者の感想、その2:
 誰でもがラジオ放送の送り手になれる市民参加型のユニークな三条ラジオカフェの方式は、敷居が低くて良いと思うが、個々の番組が単発的でそれぞれのインタラクティブなつながりが希薄で残念だ。どこか貸し館業務を主とする地方の市民会館=ハコもの行政に類似してしまうのは勿体ない。微弱電波とはいえ公共の電波を使用する以上、地域貢献の視点もあればなお良いのではないか。特に学生時代、熱心に環境問題に取り組んでこられた経験の豊かな太田様ならではの今後の仕掛けに期待したいと思う。

 また、電波の範囲となる所謂「田の字型地区」は、錦市場・百貨店などを中心に京都市内でも有数の外国人観光客の訪問場所でもあり、インバウンドに向けた興味深い情報をラジオと親和性のあるメディア(街角情報紙、スマホのSNS、情報アプリ等)とのクロスメディアの形にすると面白いかなとも思う。勝手な妄想だがこれは、急な災害時などにも言葉のわからない外国人観光客救援に奏功するかもしれず、日頃からの訓練でFMわぃわぃのような機能ももたせることによって、京都の地元ジャーナリズムに厚みを持たせることにもつながると思う。(永井るり子、立命館大学社会人学生)


第10回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年5月26日)

 


第10回月例研究会報告
日時:2016年5月26日(木)18:30~20:00
・会場 同志社大学寒梅館6階大会議室
・発題者:畑仲哲雄(龍谷大学准教授)
・演題 〈新聞〉の創造的破壊-上越タイムスを事例に
・発題者略歴:1961年大阪市生まれ。関西大卒。毎日新聞社会部、日経トレンディ編集部、共同通信経済部で取材記者や編集実務に従事。勤務のかたわら2004年から東京大学大学院学際情報学府(旧新聞研)に入学。博士(社会情報学)。2013年から龍谷大学社会学部准教授。著書に(2014)『地域ジャーナリズム – コミュニティとメディアを結びなおす』など。

・発題者から
〈新聞〉を産業の面からみれば凋落の一途だが、市民社会から必要とされなくなったわけではない。人々のコミュニケーションを促す機能としての〈新聞〉は、むしろ必要とされているといえるのではないか。そのことを体現するひとつの事例が、新潟の地域紙「上越タイムス」である。同紙は1990年代には廃刊目前の赤字経営だったが、紙面の一部をNPOに委譲するなど、〈新聞〉が禁じ手としてきたことを壊し、結果的に発行部数を3倍に伸ばした。この事例から得られる教訓とは・・・・・・
・司会者:齊藤修(京都メディア懇話会理事長、京都新聞ホールディングス顧問)
・コメンテーター:中谷聡(光華女子短期大学講師、懇話会事務局次長)

 第10回月例会では、 畑仲哲雄氏(龍谷大学社会学部・大学院社会学研究家准教授)が上越タイムス紙(本社:新潟県上越市)を事例として地域ジャーナリズムの現状と可能性について報告した。新潟県の地方紙である上越タイムス(創刊1980年、創立1990年。発行エリアは上越市、妙高市、糸魚川市)は1999年から、NPO(非営利団体)の「くびき野NPOサポートセンター」に紙面の一部を毎週月曜日に提供することを通して紙面制作を展開した。市民に紙面を提供するという経営者の判断に対して、現場のジャーナリストからは編集権の維持という観点から猛反発が起きたものの、2002年には毎週2頁、2004年には毎週4頁と紙面を提供することとなり、それに伴って部数も1997年の5〜7,000部から2010年の20,000部へと飛躍的に拡大した。畑仲氏によれば、この地方紙とNPOの「協働」が持続した背景には、①新聞社側の利益(当初の経営てこ入れ策、など)②NPO側の利益(不特定多数の人に情報が届くこと、など)③地域自治(地方自治)への寄与(地域社会の共助の活性化、など)という「近江商人の三方よし」のような関係性が維持・構築されてきたためだという。加えて、畑仲氏は上越タイムスのジャーナリズムモデル(自律志向の地方自治と参加民主主義の活性化を主な目的とするジャーナリズム)を、従来のいわゆるニューヨークタイムズ型のジャーナリズムモデル(権力監視を主な目的とするジャーナリズム)とは異なる「ジャーナリズム」の1つの型として提示した。

 畑仲氏の報告を受けて、コメンテーターの中谷聡氏(光華女子大学講師)は、若い世代の多くが新聞を購読しなくなっている現状において、上越タイムスの成功事例が(全国紙に広がるのは難しいにせよ)地域紙に普及していくかどうかという問いかけを行った。

 畑仲氏と中谷氏の報告ののち、会場のオーディエンスからも質問や意見が出された。参加者の一人は「市民運動は人間の生き方の1つの過程」であり、NPOによる紙面制作には「違和感」があると述べた。また、研究会当日に回覧された上越タイムスの紙面を読んだ参加者の一人は、充実した上越タイムスのラジオ・テレビ欄から地方紙が学べることがあるのではないかと指摘した。さらには、紙面を提供しているNPOと行政との緊張関係,逆に全国紙ではない地域密着の地域紙だからこそ記事にしにくいトピックもあるのではないか・・・など話題は多岐にわたった。これらの議論を踏まえて、畑仲氏は「全国ニュースはコモディティー化している」との見解を述べ、全国ニュースやインターネット、テレビなどで伝えられないニュースを救いとることができることが上越タイムスの強みであると指摘した。地域密着型の地域紙の研究事例を通して、日本の地域メディア/全国メディアの強みと弱みなどが議論を通して示された。(事務局長:阿部康人)

出席者感想
①5月26日(木)の研究会に参加させていただきありがとうございました。研究会の開催については1週間前ぐらいの京都新聞の紹介記事をたまたま滋賀県内で読んだことがきっかけで知りました。私は2011年の東日本震災発生以降に三陸地域で復興関連業務に従事し、その地域の「地域誌」(=石巻日日新聞、東海新報、三陸新報など)が県域紙よりもある種先鋭的な面を持っていると感じた時期がありました。畑仲先生のレクチャーは地域がちがうとはいえ、非常に地域紙のありようを的確にとらえて分析されていたと思います。NPOというある意味では「うさんくさい」存在との協働、また東京の地元出身者向けへの情報発信紙の発行など、地域紙が内包している緊張関係を維持し、地域紙とはいえアクセスの対象を地域的にも読者層としても「越境」していく姿勢は地域からの発信で何を伝えるのか、誰に伝えるのかの戦略を明確にしていることに感心しました。こういうローカル・ラジカリズムが他地域でもおこることを期待しています。(森井雅人)
②ローカル新聞の発刊継続の困難と現状が理解できました。新聞に限らず、ローカル放送局にも当てはまり「他山の石」ではありません。新聞離れとテレビ離れの原因を「インターネットやスマートフォン等の新ツール出現」と単略化するだけでは自己責任の転嫁になってしまうからです。上越タイムスの紙面に「弱者」が結集することで民の「力」になることがわかりました。そして、当該新聞は「弱者を守ることがメディアの原点の一つであり、大メディアが置き去りにしていたジャーナリズム原点を示唆」してくれています。ローカル放送局が、東京発番組崇拝から細かな地域情報、例えば「ゴミの収集日…」情報などの提供にも配慮せねばならないと学びました。今日のメディアの進化を止めているのは、華やかな栄光のあった時代の概念を基本としているのではないのか、タレントの人気に乗っかり、華やかな電飾スタジオからの番組は「偽番組」ではないかとも思えてきました。
また、既存の古い価値観を捨て、次世代の若者に新聞や放送を任せてみては…。最近、「大学と地域の連携」を主旨に誕生した特定非営利法人「ラジオミックス京都FM870」に予備免許が与えられた。うれしいことである。(土田弘)


第9回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年4月28日)


 京都メディア懇話会2016年度総会後に開催された第9回月例会では、 上田耕滋氏(京都新聞COM総務委員)が京都新聞による文化事業の現状について報告した。上田氏によれば、新聞業の目的には本業(取材・報道活動)に加えて、広義の読者・市民サービス(文化事業)がある。文化事業には、本業ではカバーできない読者との直接的なふれあいの機会をつくることを通して、域内における存在感を示す狙いがあるという。ただし、新聞社の主な収入源である①販売収入(購読料)②広告収入③事業収入の3つのうち事業収入は販売収入および広告収入に比べて「桁違いに少ない」。加えて、新聞社の文化事業には、経済的リスク(興行の不入りなど。新聞社が「レベルの高い催事」を通して地域貢献を試みても、収益が上がるとは限らないという)や社会的リスク(運営上の安全管理など)といった問題が伴うという。しかしながら、人口減などの社会の変化とともに、新聞業にはこれまで以上に紙面外で地域社会の読者や市民と直接かかわる双方向型コミュニケーションが求められている。上田氏は、これらの現状を踏まえて、従来の「存在感を示す」という発想を超えた文化事業を構築していく必要性を述べた。
 上田氏の報告を受けて、宮本実氏(京都新聞COM取締役)が、新聞社などのどこかの事業体がリスクをとってでもやらなければならない文化事業があると指摘した。ただし、文化事業によって「本業の事業を圧迫する可能性」も存在するという。また宮本氏は、「文化事業」を広く捉えた事例として、新聞販売所などが 単独世帯の高齢者の多い地域で行っている「地域見回り隊」などの活動を紹介した。
 上田氏の報告と宮本氏のコメントを受けて、会場からもさまざまな意見が出された。参加者の一人は 、新聞社は存在感を示すことに囚われるのではなく、地域にどのように受け止められたいかという観点からメディアとしての公共性を念頭に置いたうえで文化事業を考えるべきだと述べた。別の参加者は、かつては新聞社が発行部数を増やすためにメディアとは全く関係のない事業をしていたという歴史的事実を指摘したうえで、文化事業によって収益を上げて地域メディアがジャーナリズムの役割を果たす可能性について言及した。第8回の月例会に引き続き、地方メディアによる文化事業の可能性を克服すべき課題などが議論を通して示された。(まとめ:事務局長、阿部康人)

第8回京都メディア懇話会月例研究会報告(2016年2月25日)

活動報告写真

 土田弘氏(株式会社京都放送を2005年に定年退職。1995年から2014年まで同志社大学社会学部嘱託講師)が、株式会社京都放送(以下、京都放送)の文化事業をとりあげ、放送局による文化事業のあり方に関する問題提起を行った。

 土田氏によれば、1981年に京都放送が新築移転した際に放送会館(本社屋)内に併設した多目的貸しホールを有効利用するため、同社はホールの稼働率を上げるために必要な「空間文化産業」として、従来の放送事業内容とはいくらか異なるノウハウが必要になった。同社はそうした事業として「身の丈にあわせた文化事業」を模索した結果、当時は交流が今ほどなかった中国のもの(ゴビ砂漠の砂などを持ち込んだ)に直接手に触れることの出来る「感じる中国展」(1984年)開催を実行したと述べた。この事例を紹介した後、放送メディア企業が「放送以外」の文化事業を実践することの問題点について指摘した。

氏によれば、メディアが文化事業を通して①メディア事業のイメージアップ②本来事業の売上増加という2つの目的にとらわれてしまうことによって、放送事業者としての社会的責任を果たせなくなってしまう恐れが出てくるという。土田氏は放送局にとっての文化事業とは放送事業という本業を疎かにしない程度の「事業に限るべき」であると主張した。

 土田氏の報告を受けて、コメンテーターの大谷重信氏は放送局の文化事業を考える際には、文化事業の主催者である企業の論理だけではなく文化事業の利用者/オーディエンスの視点を考慮する必要があると指摘した。そこでは、メディアが文化事業の利用者/オーディエンスをどのように見ているかというメディアの文化事業者としての自覚が問われるという。

 大谷氏のコメントの後、会場の参加者からもさまざまな意見が出された。参加者の一人は メディアがルーブル美術館展などの文化事業を日本で行うことはルーブル美術館に行く機会の少ない利用者の視点からみればとりわけ問題はないと述べた。ほかの参加者は、メディアの文化事業のあり方の特徴を考える際には、デパートなどといったほかの企業による文化事業のあり方の特徴と比較して考えることの重要性を指摘した。また、メディア関係者からは、メディアの現状から放送局が自局の文化事業と放送事業を連携することは困難だという意見が出された。現在のメディア事業者がおしなべて置かれている厳しい経営状況を踏まえたうえで、メディアが文化事業を通して地域の市民・読者・視聴者にどのような貢献ができるかということの可能性と克服すべき課題などが活発な議論を通して示された。(まとめ:事務局長/阿部康人)

コメンテーターの感想:放送局の文化事業担当者の問題提起に対してどのようなコメントができるのか、例会の前々日まで悩んでいたのですが、当日の会場では発題をお聞きしながら小学校で教師に当てられる児童のようにネタ繰り(発言内容を整理)していました。

土田さんのご発言の全容を測ることができない状況で考えていた、昔商業者が嘆いた「こんな状態」という言葉の持つ意味が、ご発表から伺えるこの国の社会状況を映しだしていると感じたからです。「こんな状態」は私たち自身が招いた結果であり、他の誰かに責任を転嫁すべきものではありません。最近身に染みている軽い言葉、中でも「日本を取り巻く閉塞感」とか「・・・は不透明」とかいう表現には違和を感じています。有る様な無い様な、そして責任者をあいまいにしてしまう言葉が、「弱者が弱者」を詰り、その延長線上で「極端なナショナリズム」を生み出している。この流れに疑問符を投げかけるのは、「地域メディア」か「ソーシャルメディア」しかないのではないか、そんな思いで発題をお聞きし、コメントさせていただきました。(By大谷重信)


第6回京都メディア懇話会月例研究会報告(2015年11月26日)

 2015年最後となる第6回京都メディア懇話会では、元衆議院議員の北神圭朗氏(元民主党衆議院議員、現・同志社大学大学院総合政策科学研究科嘱託講師)がメディアに取材される政治家側の立場から、政治報道のあり方についての問題提起を行った。

 北神氏によれば、日本のマスメディアは 寡占状態である点に加えて、日本語という言語の壁によって守られている点からみても、他国のマスメディアと比べても非常に強力な社会的影響力を持つ媒体である。このような影響力を持つ日本のメディアに求められる役割として、北神氏は①正確な事実を伝達することに徹する②専門家の力を借りながら、さまざまな意見やバックグラウンドを持つ市民によって議論がなされる言論の場を提供する、という2つの異なる見方を提示したのち、取材される側から見た政治報道の問題点を指摘した。第一、とくにテレビ報道に顕著に見られる傾向として、「専門家」の専門性を吟味することなく「庶民の代表」としてコメンテーターで採用している点。第二、それらのコメンテーターに過激な意見を言わせながら、メディアはその言論の責任を取らない点。第三、記者がジャーナリストとしての資格を備えていない点(記者が勉強不足であることに加えて、取材対象との政治家とも癒着している点)など。北神氏は政治報道改革のためには報道の倫理性と専門性を強化することこそが肝要だと指摘した。

 北神氏の問題提起をうけて、コメンテーターの十倉良一氏はこれまでの懇話会のテーマのなかに北神氏の問題提起を位置づけた後に、取材する側の立場からの問題提起を行った。十倉氏は、取材する側が取材先から情報を得るために取材先の懐に入る必要性が出てくる場合があると述べたうえで、そのことが果たして取材先との「癒着」になるのか(それとも「密着」になるのか)という取材する側の現状について述べた。さらに、「メディアは事実の伝達に徹するべきである」という意見は政治家に限らず市民からもあると指摘したうえで、メディアの受け手は伝達された情報を読み解くための情報リテラシーを身に付ける必要があるとも述べた。

 会場のオーディエンスからも活発にさまざまな意見が表明された。参加者の学部生の一人は、一般人が政治家を知るためにはメディアを通さなくてはならないという現状を指摘したうえで、取材される側の政治家がメディアの現状について直接有権者に語ることによって、はじめて理解できるメディアの側面があると述べた。最後に京都新聞編集局長の山内康敬氏が、メディアが市民に言論の場を提示しても、果たして市民がそのような記事を読んでくれるのかといった不安が現場には存在していると指摘。議論の場ではなく新聞社の意見が欲しいという読者にたいして、どのような報道をしていくかがこれからの課題でもあると述べた。(事務局長:阿部康人)

出席者感想 :会員 大谷重信
50歳代の前半でサラリーマンを辞してから、こうした好学の場に加えていただくことは全くというほどなかったので、心弾ませ参加させていただいています。第6回の北神元議員のお話については、十倉様が論点の整理を戴けました。「メディアは伝達に撤すべきか」という点について感じたところを述べます
メディアという括りはあまりにも大きいので、まず新聞に焦点を絞ります。情報を伝えるだけの媒介としての新聞に価値が見出せるのでしょうか。情報に関わるのは全て人間です。人工知能と比べて人間の優れたところは情動があるからだと言われます。情報を如何なる姿勢(価値観)のもとで報じるか。軸となる捉え方、考え方があってこそ意味をなす真実性等だと考えます。
 次に、テレビは、今更ながらですが、大宅壮一氏がテレビエンタメ番組の過剰演出を批判して発した「一億総白痴化論」とどのように向き合っているかでしょう。ポピュリズムの負をどう克服するかが問われます。新媒体も同様だと思います。
注:「一億総白痴化論」は大宅壮一『大宅壮一全集第3巻ジャーナリズム講話』(蒼洋社、1982年)340頁、初出は 『週刊東京』(195722日号)23頁。


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